(C) 関西シティフィルハーモニー交響楽団
(アマチュアオーケストラ,大阪市)

高先生 朝日作曲賞受賞
緊急単独特別インタビュー(全文)

<この抜粋は第33回定期演奏会(2001年9月15日開催)プログラムに掲載されました。>



高先生とその先輩金さんの会談写真です。
写真左:金 昌信 氏     写真右:高 昌帥 先生


当団トレーナー高昌帥(コウ・チャンス)先生作曲の「吹奏楽の為の『ラメント』」が去る6月21日、「第12回朝日作曲賞」に選ばれました。この曲は全国の中学・高校・大学・職場・一般の吹奏楽団、およそ1万団体が参加する全日本吹奏楽コンクールの2002年度課題曲の1つとして出版され、日本国中で演奏されることになります。
早速、高先生の先輩にあたる当団の金昌信氏(トロンボーン)と共に喜びの声をレポートしました。

       聞き手:森(トランペット)




高先生その1
金氏その1

−「朝日作曲賞」の受賞おめでとうございます。

高 昌帥 先生(以下「高」と略)
ありがとうございます。日本のクラシック系作曲賞の中で、受賞曲がこれほど多く「音になる」機会がある賞、つまり大勢の人たちに何度も演奏される賞は他にありません。それが何より嬉しいですね。

金 昌信 氏(以下「金」と略)
今までの曲は、かわいそうに1回しか音にならないものも多かったよね(笑)。


−応募作品に自信はありましたか?

高:実は3年連続3度目の応募で、今回ダメだったら応募はやめようと思ってました(笑)。今回から課題曲としての様々な規定が緩和され、割と自由に腕をふるえましたので自信、というか望みはありました

金:今まで訳のわからん難しい曲ばっかり書いてたから落とされてたんちゃうの?(笑)
「なにこれ?こんなもん吹けるかいな!」っていう曲が多かったからなぁ(笑)。

 

−作曲を始められたきっかけは何だったのですか?

高:小学4年生からトランペットをやっていまして、金さん(当時中学3年生)にはその時からお世話になっています。実はトランペットで音大を受けようと思っていたのですが、身体を壊しまして、周囲の人からの勧めもあり作曲で受験しました。今31歳ですが高校2年の時に初めて作曲してから、これまでに40曲ぐらい作曲したでしょうか。

金:ラッパの演奏は今でも大阪朝鮮吹奏楽団で一緒。今週も休まず練習に来てや(笑)。


−高先生に選んでいただいた自作曲集を聴いてみると、先生の作風には、ストラビンスキー
(1882-1971 ロシア出身の作曲家で、近代的な管弦楽法を極限まで駆使した作品「春の祭典」は特に有名)やネリベル(1919- チェコ出身の作曲家でブラスバンド用の作品「フェスティーボ」「交響的断章」は有名)みたいに激しいリズムの鮮やかな曲と、癒し系と言うかすごくゆったりした曲とがありますね。確かに、いずれも音域が限界まで使われているようで演奏する方は大変そうです。

金:「春の祭典」とかを密かに真似してるところもあるんちゃうの?(笑)

高:なんでも書くんです。器楽アンサンブル室内楽オケ(オーケストラ用の管弦楽曲)のもありますし、声楽付きの曲もありますね。音域は演奏者に一応吹けるかどうか確かめているんですよ(笑)。


−関西シティフィルでもいつか高先生の作品を演奏させてもらえるでしょうか?

高:是非、書かせていただきたいですね!身近なオケで発表した曲が、関西のプロにも演奏され、日本中、世界中へと多くの人に演奏され親しまれ・・・そんなボトムアップで自分の曲が世の中に出てゆくのが私の夢なんです。

金:作曲を頼むんやったら、ギャラが安い今のうちに頼まにゃあかんな(笑)。




高先生その1
金氏その1

 




高先生その3
金氏その2

−関西シティフィルとの付き合いはいかがですか?

高:金さんの紹介で2年ほど前からお仕事させていただいていますが、大変光栄です。こんなに伝統と実績があって大規模な楽団に関わらせていただくことで、こちらこそ多くのことを学ばせていただいています。来年は全国の吹奏楽のイベントに出かける仕事が増えると期待しているのですが(笑)、現在の私のプロフィールが必要な時には関西シティフィルの事をしっかり紹介させていただきます。

金:第30回定期(演奏会)ペヤチェビッチの交響曲を日本初演した時の本番直前合宿(1999年8月28-29日)で初めて来てもらったけど、あの時はクロアチアから入手した手書きの譜面が読みにくくて、どのパートもたくさん間違ったまま吹いていたのを、全部訂正してくれたよね。来てくれてなかったら、そのまま訳もわからず本番になるところやった(笑)。


−第九の練習でも知的なエピソードも含めてお話されるので好評です。プログラムのトレーナー紹介の写真も人気がありますし・・・。

高:あの写真はスイスのケルターボーン先生の所へ留学していた時にルツェルンの街で撮ったものです。バックの美しい橋はルツェルンの絵はがきでは必ず登場する、「カペル橋」と言うとても有名な橋なのですが、もう火事で焼け落ちてしまい今や貴重な写真なんですよ。

金:そうなん?みんな、長崎のハウステンボスにでも遊びに行った時の写真で、バックは農家の軒先に干してある大根だとか言ってるで(笑)。

 

−ところで賞金は何に使われましたか?

高:実はまだ受け取っていないのです。9月29日の全日本吹奏楽コンクール本選の時に受賞式がありますので。
(編注:このインタビューは授賞式以前に行われたものです。)

金:半分は俺の物やな。これまでずいぶん世話してきたから(笑)
彼が大学生の時は、こっちが外で食事していると、「今から行きます」と電話かけてきて散々食べてから「今80円しか持ってないんです」とか言われるのはしょっちゅうやったな(笑)。電話がかかってきたなと思ったら「今どこそこにいるのですが車の調子が悪いので見に来てください」と修理を頼まれたり、「先輩、車の後ろからネコの鳴き声がするんです」と電話してきて車に挟まったネコの救助をさせられたり・・・大変やったからなぁ(笑)。血圧測るのが趣味だったり、靴下履くのが嫌いだったり、それに・・・

高:先輩すいません・・・そのあたりでカンベンしてください(笑)




金氏その2
高先生その4

・・・

話はつきませんでしたが、高先生のことをもっとお知りになりたい方には、メールボックスやゲストブックからのお便りをお待ちいたしております。
高先生、今回の受賞は本当におめでとうございました!いつか関西シティフィルでも先生の曲を演奏できるといいですね。
これからもご指導よろしくお願いします・・・ただし、どうぞお手柔らかに!

 

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