オペラ「トスカ」の物語
− 序章 −



−西暦1800年6月17日月曜日,昼下がり−


1789年に起こったフランス革命、そしてその後のナポレオンのヨーロッパ蹂躙に明け暮れた19世紀末…
1796年にナポレオンのイタリア征服に伴なって築かれたローマ共和国が、反ナポレオン派閥の筆頭であるナポリ王国によって、1799年に滅ぼされた
そのナポリ王国の恐怖政治(反乱分子の徹底的な粛清)によって支配されていたローマは、その日いつも通りの(一見)平穏な1日を過ごそうとしていた・・・


その日、ローマの最高権力者であるナポリ王国王妃マリア・カロリーナは、上機嫌であった。

「ほっほっ… わが祖国
(注:マリア・カロリーナはオーストリア出身である)の誉れ高き将軍メラスがあのボナパルテ(「ボナパルト」のイタリア語読み)を前に勝利目前とな… 愉快じゃ! のう、セバスチャン…」

はぁい、王妃様。法王様(注:ローマ法王)を蔑ろにしたあのサタンめに神罰が下されたのです!」


「早速、この良き知らせを全ローマ市民に伝えるのじゃ! それから戦勝記念行事の計画は?」
ははぁっ! 今日の予定は戦勝記念パレードにファルネーゼ宮殿で戦勝記念カンタータのコンサートとなっております。独唱はローマの超人気歌姫フローリア・トスカでございます。」おぉ!トスカか… 楽しみじゃのう… では、早速用意いたせ!「ははぁっ!」

「見ておるか… わが妹マリー
(注:元フランス王妃マリー・アントワネット)よ… 共和主義者どもの起こした革命でギロチンの露と消えたおまえを思うたび、わらわは胸を締め付けられる思いじゃ… ローマでも神聖なる法王様をアヴィニヨンに追放し、汚らわしき共和主義者チェーザレ・アンジェロッティを領事に置いたあのボナパルテ、そして共和主義者らをわらわは絶対に許さぬ! マリーよ、おまえの流した血は、ボナパルテ、そして共和主義者の血で償わせてやるわ! 特に、今わらわの手中にあるアンジェロッティの奴はじわじわと地獄の苦しみを味あわせた後に… のう、スカ…」(ズドォーン!!)

牢獄であったサン・タンジェロ城の大砲が突如唸った!
(注:サン・タンジェロ城の大砲は、脱獄囚が出たことを知らせ、当時城壁に囲まれていたローマ市中の門を閉門させ、脱獄囚の市外脱出を防ぐようにする合図であった。)
その砲声は、瞬く間にローマ市中に響き渡り、そして、ちょうど謁見のため王妃と共に居たこの男の耳にも届いた

何だ、今の砲声は!

「はっ、只今サン・タンジェロ城より知らせが入り、超A級戦犯のチェーザレ・アンジェロッティが脱獄、逃走したとの事です。」


何じゃと!
何だと、奴がか! 王妃様、ご心配には及びません。私の犬どもがすぐに捕らえて参ります。」

「うむ、その言葉で安心したぞ、我が忠臣よ…」
「ははっ、もったいなきお言葉…」

「よし、奴はまだローマから出ていないはずだ! 直ちに人を集めろ! マカロニ、パニーニ、カプチーノ、おまえたちは各街道を固めて、奴が動き回れぬよう非常線を張れ!
「はっ!」

シャルローネスポレッタ、おまえたちはわしと共に奴の行きそうなところを当たるぞ!
「はっ、かしこまりました! で、どこへ…」

「フン! まあ、奴の拠り所といえば、おおかた奴の妹ジュリアの居るアッタヴァンティ侯爵か、奴の家の礼拝堂がある、あの教会だろう。だが、ジュリアの夫アッタヴァンティ侯爵は我がナポリ王国の忠実な僕だから前者はありえぬ。となると…」


サン・タンドレア・デッラ・ヴァッレ教会…!」


「行くぞ! シャルローネ、スポレッタ!」
「はっ!」「はっ!」

「では、王妃様、これにて失礼致します… が、奴めはどう致しましょうか?

「うむ、わらわも甘かったわ! 後々の楽しみ共和主義者どもへの見せしめのため取っておこうと思っていたが… まあ、これだけ戦局が好転すればその必要もあるまいて… よきにはからえ!


ははっ! では、今日中にも必ず…(フッ、これでわしの今夜の楽しみが一つ増えたわ…)


当時のローマにおいて1万人近い王制反逆者(政治犯)に徹底的な弾圧を加え、千人近くを残酷な拷問の末に粛清していった、恐怖の治安維持組織ポリツィア・セグレタ(秘密警察)がいつものように動き出した・・・

そして、その頂点に立つ男こそ権力と欲望の権化、警視総監ヴィッテリオ・スカルピア男爵である。


<スカルピア「権力と支配のテーマ」>
(演奏箇所:オペラの最初の3小節)