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ファルネーゼ宮殿内のスカルピア男爵執務室
−1800年6月17日 月曜日 午後11時30分頃−
一体どれぐらいの時間が経ったのだろうか・・・
スカルピア男爵の「拷問」が始まって間もないというのに、トスカにはその時間は何時間にも及んでいるように感じられた・・・
スカルピア男爵は「貴賓室」の前に行き、髑髏(どくろ)を思わせる不気味な顔貌の老人で、「死神」とも呼ばれていた死刑執行人ロベルティに現状を聞いた。
「どうだ? ”客人”のようすは?」
「はい・・・
これがなかなか”ご満足”していただけないご様子で・・・
なかなか頑固な御仁でございます・・・
この方法では”ご満足”いただけるまであと数時間は要するでしょう・・・
もしお急ぎでございましたら、サン・タンジェロ城に”鉄の処女”などよりすばらしい”おもてなし”ができましょうが、なにぶんあまりの”心地よさ”にそのまま神の御許へ召されてしまうかもしれません・・・
ですが・・・(トスカの方を見る)」
「やはり彼女・・・」「そうです・・・
彼女はそう頑固でないでしょう・・・
きっと早々にも”ご満足”いただけるものかと・・・
(カヴァラドッシの方を見る)まあ、あの御仁の”ご感嘆”をたっぷりとお聞きいただければ、それはもう”快楽”の極みかと・・・」
「よし、任せたぞ。二人に最高の”快楽”を与えてやるのだ・・・!」
「御意・・・」
トスカは心の中で途方もない苦しみに悶絶しながらスカルピア男爵に言った。
「お願いです・・・
私のマリオを助けてください・・・
言う通りにしますから・・・」
「(ふふっ・・・
早くも陥落か・・・)よろしいでしょう。
(”貴賓室”の扉の前にいるシャルローネに向かって)おい、”接待”を止めるよう伝えろ!」「すべてですか?」「そうだ!」
「さあ、トスカ様、お話しいただけますね・・・」
「待って、その前にマリオに会わせて・・・」「いけませんなぁ・・・
それは!」
しかし、トスカは何とか「貴賓室」の前まで来てマリオを呼んだ。
「マリオ! 大丈夫? 痛くないの?
もうわたし、だめ・・・」
「大丈夫だ・・・ 何ともない・・・
あんな悪魔に屈することはないんだ・・・!
負けるな・・・ 決して・・・
俺は決して負けないぞ・・・」
その言葉にトスカは勇気づけられ、また毅然とした態度を取り戻した。
「さあ! トスカ!
アンジェロッティはどこに!」「知りません!」
その言葉にスカルピア男爵は逆上した!
「おのれぇ・・・! おい! ロベルティ!
”接待”を再開しろ! それもより”豪勢”にな!」
「何ですって・・・! ああ、やめて、やめてぇー!」
「おまえに舞台では決して味わえない”快楽”を教えてやるわ!
(シャルローネに向かって)
さあ、このご婦人に”接待”の様子を見せてやれ!
狂わんばかりの”感嘆”もたっぷりと聞かせてやるのだ!」
「貴賓室」の扉が開かれた!
中には両手両足をくくられ、頭に鉤爪の付いた”茨の冠”で頭を締め付けられているカヴァラドッシの姿があった!
こめかみから血が止め処もなく噴き出している!
トスカはその光景を見て、今にも卒倒せんばかりに顔が蒼ざめた・・
「ぐぅあぁぁぁーー! くそぉーー!
負けるものかぁ、負けるものかぁぁぁー!」
「ほざけぇ! さあ!
もっと、もっと、強く締めてやれ!」
「おぐぅぁぁぁぁーーーー!」
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「ああ! やめて、やめて、ああ・・・ もうだめ!
いや、いやぁーーー!」
「ぐぁははははっっっーーー! どうだ!
舞台では味わえぬこの”快楽”!
どうだトスカよ!
舞台のトスカにこんな”悲劇”はなかったな!」
「ああ! もういや、もういやぁーーー! やめて、やめてぇーーーー!」

<トスカ「嘆きのテーマ」>
(演奏箇所:練習番号36番1小節目〜7小節目まで)
「トスカぁー!
勇気を出すんだ! おまえは何も知らないんだー!」
「でも、でも・・・」「えぇい! じゃかましいわ!
黙らせておけ!」
そして・・・
ついに「その時」が来た!
「ぎょょぉぉえぇぇぇっっっーーーーーーー!」
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愛する者の断末魔の叫びでトスカは狂ったように詰まりながらも早口でしゃべった!
「庭の・・・ 井戸の中・・・」「アンジェロッティはそこか?」「はい・・・」 |
「(勝ち誇ったような顔で”貴賓室”に向かって)もういいぞ、ロベルティ!」
「(扉から顔を覗かせてニヤリとし)ほっほっ・・・
”ご満足”いただけたようですな・・・」
「(シャルローネに向かって)さあ、
奴を出してやれ!」
「はっ!」 「ちょっとばかり気絶しておりますので少々お待ちを・・・
もっと楽しみたかったのですが・・・ ちょっと残念ですな・・・ くくっ・・・」
「(スカルピア男爵に向かって)なんやと、ワレ!
この人殺しが!」「おやおや、私のせいですか・・・
そんなご無体な・・・
もう少し早く正直になっていただければ・・・
くくっ・・・」
警官たちに担がれてカヴァラドッシが「貴賓室」から出てきた。
こめかみに「茨の冠」の跡の付いたその姿は、あまりに痛々しかった。
そして、彼の体はボロ雑巾のようにトスカの前に投げ出された。
あとに続いて、一応役目を終えた査問官とロベルティも出てきた。
「(スカルピア男爵の耳元で)閣下、どうしますか・・・」
「(ロベルティの耳元で)ふっ・・・
言わずとも分かるだろう・・・ 罪深き者どもに・・・」「永遠の安らぎを・・・
ですかな・・・」「その通りだ・・・」「では、アンジェロッティの分と併せて二人分ほど用意させていただきましょう・・・
罪深き者どもの首に掛ける縄を・・・」「任せたぞ・・・」「御意・・・」
シャルローネ、査問官そしてロベルティは執務室から出ていった。
「(トスカとカヴァラドッシの方を見て)さて、あいつらは・・・」
「ああっ・・・ マリオ・・・
こんなに・・・ ひどい・・・ 奴らにはきっと天罰が下るわ・・・」
「ううっ・・・ トスカ・・・
しゃべったのか・・・」「(ためらいながら)い、いいえ・・・」
「そうか・・・
よく耐えてくれた・・・」
その二人の様子を見ていたスカルピア男爵は、これ見よがしに突如スポレッタに向かって叫んだ!
「アンジェロッティは庭の井戸の中だ!
行け! スポレッタよ!」「はっ!」
「な・・・ 何! トスカ!
おまえ俺をだましたな! この裏切り女がぁ! だからおまえは信用できない・・・
(傷が疼きだし)うぐっ・・・!」「ああっ、ごめんなさい・・・
もう耐え切れなかったから・・・」
そこに、突如先に出ていったばかりのシャルローネが顔面蒼白で戻ってきた!
「大変です! 閣下!
信じられないことが・・・」「何だ?」「(詰まりながら)・・・マレンゴの・・・敗戦の・・・知らせです!」「ええい!
何が言いたいのだ!? ボナパルテが負けたのだ・・・」「いえ!
その逆です! あれから戦況が逆転して、ボナパルテが勝利し・・・」「勝者はメラスだ・・・」「いえ!
メラスは逃げました!」
(注:マレンゴの戦い、ボナパルテ(ナポレオン)、メラス(オーストリア軍の将軍)については、序章を参照してください。)
「(な・・・ 何だと・・・!
そんなバカな・・・ 何たることだ・・・)」
スカルピア男爵は内心愕然として唇を噛み締めていた。
そして、その知らせを聞いたカヴァラドッシはよろけながらも立ち上がり、喜びに打ち震えて、共和主義者たちの勝利を声高々に叫んだ!
「勝ったぁーーー!
勝利だぁーーー!
自由と博愛の時代の幕開けだ!
おまえたちの独裁政治は終わったんだ!
おまえも終わりだ! スカルピア!
死刑執行人めが! 死神めが!」「マリオ!
やめてぇー!」
「ほざけぇーー!
何を言うか! 死に損ないが!
何をほざこうとおまえの運命は決まっているのだ!
その罪深さを思い知るがいい!」 |
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「ああ!
何度でも言ってやる! おまえの最後はすぐそこだ!
死に損ないはおまえだ! スカルピア!」「お願い!
やめてぇー!」
カヴァラドッシはスカルピア男爵に対して今までの恨みを晴らすかのごとく呪いの言葉を吐いた!
しかし、その言葉はカヴァラドッシのこれからの運命(つまり死刑)を決定づけてしまった・・・
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「ええい! おのれ!
言わせておけば・・・ さあ、絞首台でおまえの罪深き心を全て暴いてやるわ!
(周りの警官に向かって)さあ!
この者を引ったてぇーーい!」
「はっ!」
ついにカヴァラドッシは処刑されるべく警官たちに連行された!
「いやぁーーー!
マリオ! 私も一緒に・・・!」 |
トスカがカヴァラドッシに付いて行こうとしたその瞬間、スカルピア男爵がトスカの腕をつかんで引き戻した!
「きゃっ!」「貴女はだめです!」
執務室にはトスカとスカルピア男爵の二人だけが残った。
悲しみと絶望に暮れるトスカ、そしてそんなトスカを欲望の眼差しで見つめるスカルピア男爵、この二人の恐怖の時間はこれから始まろうとしていた・・・
<次回に続く>
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