プッチーニ  歌劇「トスカ」
−主要登場人物−




<フローリア・トスカ>
   歌に生き、恋に生きる悲劇のプリマドンナ

ローマで押しも押されぬ名歌手で、当時のローマの最高権力者であるナポリ王妃マリア・カロリーナ(かのフランス王妃マリー・アントワネットの姉)の前で独唱を披露するほどである。

原作の「ラ・トスカ」によると、彼女は非常に貧しい育ちで、山羊の番をしていたが、少女の時、厳格な修道院に預けられたため、極めて敬虔なカトリック信者となり、修道院での歌唱力を買われて歌手への道を歩んだという。

この彼女の信仰深さは、そのまま彼女の実直さ、また恋人(カヴァラドッシ)に対する愛情深さ(裏を返すと異常なまでの嫉妬深さ)に繋がっており、後にその愛(嫉妬心)をスカルピア男爵の策略に利用され、さんざん翻弄される。
(彼女の生き方は「歌に生き、恋に生き」の歌でよく現れている。)

そして、ほかに逃げ場を失った絶体絶命の窮地にあって、彼女はついに(自分を今まで擁護してくれていた)強大な権力に逆らい、その信仰心をも超えた「強きヒロイン」に成長を遂げる。

だが、最後は、その「成長」が何の役にも立たず、ただ権力に振り回されていただけであったことに気が付いて、絶望のうちに奈落へと墜落し、自ら悲劇の幕を下ろすこととなる

ソプラノ歌手が、この激しくも美しいプリマドンナの役を演じるのは並大抵のことではなく、初演当時から、ずば抜けた歌唱力と演技力を持つ「絶対的プリマドンナ」のみが、この難役を見事にこなしてきた。







<マリオ・カヴァラドッシ>
   共和主義に殉じた最も"人間的"な人物

サン・タンドレア・デッラ・ヴァッレ教会で聖人画を描く画家であり、トスカの恋人である。

ただ、恋人のトスカとは対照的に、教会で聖人画を描いているにも関わらず、信仰心はおおよそなく、教会に来ていた金髪碧眼の美人を聖人の肖像として描いている程である。

また、彼は熱心なヴォルテール主義(共和主義:自由、博愛を理想とし、独裁社会や特権階級を否定する)者で、スカルピア男爵を筆頭とするローマ警察機構に厳しくマークされている。

原作の「ラ・トスカ」によると、彼の両親が主にフランスで生活していた貴族で、数多くの共和主義者と交流があったため、彼自身も共和主義思想の影響を強く受け、フランス革命中に絵画を学んだ後、金銭問題の関係でローマに来たという。

この彼の熱心なまでの共和主義思想、そしてその思想を弾圧する権力に対する強烈な反抗心から、彼は脱獄囚である友人アンジェロッティをかくまうが、それが仇となり、結果的に自滅への道を歩むこととなる。

このような、自虐的とも言える程の革命闘士的な面を見せる一方で、絶望の淵にあって、トスカとの愛の思い出に感極まり、泣き出すところもある(「星は輝きぬ」の歌で端的に現れている)など、実に「人間的」な多様さを持つ人物である。

それでも最後は、スカルピア男爵が与え、トスカが狂喜した「自由」を信じて、「空砲」だったはずの銃に撃たれ、「芝居」でなく本当に絶命することとなる。










 


<スカルピア男爵>
   我欲のままに生きるローマの"悪代官"

18世紀末のローマを震撼させたローマ警察機構のトップ(警視総監)であり、国家権力に反逆する共和主義者(又はその思想を持つ者)を徹底的に弾圧し、拷問にかけ、次々に死刑にしていった「死刑執行人」でもある。
まさに
ローマの闇の支配者と言うべき男である。

彼は、そのような残虐行為を権力維持のための義務として行っているのではなく、色事や賄賂と同じぐらいの快楽としている。
また、残虐行為と同じぐらい大好きな色事も、自分に対して憎しみを抱く女が好みであり、その憎しみが大きければ大きいほどエキサイトするという、かなり歪曲した性格のサディスト(加虐趣味者)である。
(その歪んだ性格と、底知らずの我欲は、第2幕の冒頭の彼自身の歌でよく現れている。)

まさに、「絶望を啜り、憎悪を喰らい、悲痛の涙で喉を潤す」悪役の中の悪役、日本の時代劇で云う所の"悪代官"そのものである。

ストーリー上でも、トスカやカヴァラドッシといった「純粋な」主役たちを、脱獄囚(アンジェロッティ)の再逮捕、そしてトスカを「我欲の餌」とするため、狡猾なまでの策略で罠にはめ、その罠はオペラの最後に至るまで見事に成功する

ただ、彼のオペラ全編を通しての「唯一の」誤算は、「我欲の餌」にしようとしたトスカが、自分の心臓を刺した事だけであった。







<チェーザレ・アンジェロッティ>
   時代に翻弄された不遇な元領事

18世紀末の1796年頃〜1799年9月の間、当時ヨーロッパ中を侵攻していたナポレオンの庇護下で一時的に存在していたローマ共和国の元領事であり、カヴァラドッシとは親友であった。

1799年9月にナポレオンと敵対していたナポリ王国軍がフランス軍に代わってローマを占領した際、最重要政治犯として逮捕され、当時牢獄として用いられていたサン・タンジェロ城に投獄されていた。
その彼が城から脱獄し、サン・タンドレア・ヴァ・レッラ教会に逃げ込むことから、このオペラの悲劇は開始される

原作の「ラ・トスカ」によると、彼が最重要政治犯にも関わらず、即死刑にならなかった(当時、共和主義者等の重要な政治犯は正式な裁判を経ることなく拷問の末、即死刑になることが多かった)のは、ナポリ王国から派遣された現ローマ領事がアンジェロッティに対して同情的で、アンジェロッティの存在をわざと忘れていてくれたからだという。

その彼が危険を冒して脱獄した理由は、投獄から約1年後にナポリ王国より派遣されたスカルピア男爵の容赦ない政治犯の粛清にアンジェロッティ自身も巻き込まれようとしていたためだった。

しかし、その脱獄の先にあったローマ脱出計画は、スカルピア男爵の策略で失敗し、その代償は彼自身の生命のみならず、親友(カヴァラドッシ)とその恋人(トスカ)、そして弾圧者(スカルピア男爵)の生命で購われることとなる。









<その他の登場人物>
   堂守スポレッタシャルローネ看守

本 文:岩田 倫和(チェロ)
カット:上柿 泰平(パーカッション)