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西暦1800年 社会 音楽 ベートーヴェンの交響曲第1番が初演されています。ベートーヴェンが1803年作曲の交響曲第3番を当初ナポレオンに献呈する予定であったのを、ナポレオンが皇帝に即位したと聞くや彼も単なる野心家だったのかと失望し、献呈を取りやめたという話は、多少の尾ひれを付けながら世に知れ渡っています。 神童と呼ばれた稀代の名ヴァイオリニスト、パガニーニですが、1800年にジェノヴァを出てから1805年にルッカの宮廷楽師になるまでどこで何をしていたのかまったく知られていません。そこで、フランスはパリでとんでもない噂が広がったことがあります。ジェノヴァからある少女と駆け落ちしたパガニーニは彼女の心変わりをしるや、弓を持つ手を刃物に持ち替え、逃げる彼女を殺してしまい、そのためパドヴァの牢獄に入れられていた、というのです。噂はさらにいいます、彼はヴァイオリンを牢に持ち込むことを許され、日がな一日練習に明け暮れたため超絶技巧を会得するに至ったのだ、そして、湿気の多い牢の中で弦が一本また一本と切れていき、最後に残ったのがG線だったのでG線一本で曲を弾く妙技をマスターしたのだ、さらには、そのG線こそ、自ら手に掛けて殺した愛しい少女の体内から取り出した腸から作られたのだ、と、ここまでくると悪のりというよりかなり悪意の込められた噂です。 美術 文学 シラーは「劇詩ヴァレンシュタイン」3部作を出版しています。また、戯曲「オルレアンの処女」の執筆を開始しています(脱稿は翌年)。 同じくドイツではノバーリスがドイツ・ロマン派の傑作「青い花」を書いています。ゲーテの教養小説「ウィルヘルム・マイスター」に対抗して書いたとのことです。 若きスタンダールが兵士としてナポレオンの第2次イタリア遠征に参加しています。彼の中の英雄ナポレオン崇拝はやがて名作「赤と黒」を生みます。「赤」とはナポレオン軍の軍服を指すとされています。また、イタリアの風土・歴史は彼を強く引きつけました。「パルムの僧院」はそんな彼のイタリア偏愛から生まれました。 「ゾロエと二人の侍女」なる小説が匿名で出版されました。登場人物の名はいずれもボナパルト、タリアン、バラスら執政政府要人の名をもじったもので、彼ら主人公達が淫蕩の限りを尽くすというものです。今ではこの作品はフランス革命期に多く現れたパンフレット職人の手になる戯文であるとされていますが、かつてこの作品を1801年のサド侯爵逮捕と関係づける説が流布していました。すなわち、サドは「ゾロエ」による政府風刺の廉で逮捕されたのだ、というのです。サドの逮捕は実際には彼の作品「新ジュスティーヌ」を巡る醜聞が原因でした。サドの名は「サディズム」の名と共に現在まで伝わっています。彼がフランス革命勃発時にヴァスチーユ牢獄に投獄されていたのは有名です。一説では、彼がトイレ用の管をメガホン代わりにし、ヴァスチーユの窓から前に集まる民衆に向かって王制の腐敗と人間の尊厳を説いたことがフランス革命のきっかけになった、というのですが、これは革命の世に生き延びるべく貴族でもあった作家が作り上げたでっちあげのような気もします。 |