トルコ行進曲(2)
 

<ヨーロッパに伝わったトルコ軍楽>

 18世紀の初頭には、トルコの軍楽はヨーロッパで注目されるようになりました。1720年代にはトルコのスルタンからポーランドのアウグスト2世に完全編成の軍楽隊が送られています。これに興味を覚えたロシアの女帝アンナはトルコと同盟関係を結び、十数名からなる軍楽隊を手に入れました。当時の軍楽隊は、ズルナ、ボル、ケス、ダウル、ジル、そしてトライアングルでした。

 18世紀半ばにはオーストリアもトルコ軍楽を所有していました。1841年にはリッター・フォン・デア・トレンクがトルコの軍楽隊に先導されてウィーンに凱旋行進を行っています。プロシアもトルコ軍楽の楽器編成を取り入れましたが、その演奏がトルコの大使に嘲笑されたことから、ポーランドやロシアにならってトルコから軍楽隊を雇うようになりました。

 1782年には英国砲兵軍楽隊大太鼓、シンバル、タンバリンが入っており、1805年にはトルコのクレスントが採用されています。

 トルコの軍楽が最盛期のころ、作曲家達もトルコの軍楽に注目しています。

 

<芸術音楽に取り入れられたトルコ軍楽>

 ウィーンに派遣されたトルコの使節や大使がトルコの軍楽を使って華々しく登場したため、ウィーンにおける軍楽熱は大変なものでした。そこで、作曲家達もトルコの軍楽を自作の中に取り入れるようになりました。彼らはトルコの軍楽がすなわちトルコ音楽であると誤解したため、トルコ軍楽を模した音楽はalla turca(トルコ風に)と呼ばれました。

 その編成は、ピッコロとシンバル、トライアングル、太鼓、鈴等を特徴としています。リズムは打楽器が3拍たたいて1拍休む、というソフィアンのリズムを基本としています。

 ウィーンでオペラに取り入れられた例としては、グルックの『思いがけない巡り会い』(1764)、『アルケスティス』(1767)などがあります。

 トルコ風音楽はウィーン以外のヨーロッパでも同様に好まれ、さまざまな音楽に取り入れられました。例えば、ハイドンのオペラ『薬剤師』(1768)、『突然の出会い』(1775)、交響曲第63、69、100番モーツァルトのヴァイオリン協奏曲K219(1775)、ピアノ・ソナタK331/300i、オペラ『後宮からの誘拐』などにトルコ軍楽が取り入れられています。

 19世紀になっても軍楽は芸術音楽に取り入れられています。代表例が、ベートーヴェンの『ウェリントンの勝利』交響曲第九番ブラームスの『大学祝典序曲』です。

参考:ニューグローヴ世界音楽大事典(講談社)





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(アマチュアオーケストラ,大阪市)