トルコ行進曲(1)
 ベートーヴェンの「第九交響曲」と、ブラームスの「大学祝典序曲」には、意外な共通点があります。両方とも、トルコ行進曲のスタイルを取り入れているのです。

 では、トルコ行進曲とは、いったいどういう音楽なのでしょう?


<トルコ民族における軍楽隊の歴史>

 トルコ民族は、古代より中央アジアで繁栄した遊牧民族で、中国の歴史の中では、漢の時代の月氏をはじめ、突厥、ウイグル族など、西方を脅かす民族として歴史書に登場します。
11世紀になると、セルジュク・トルコ帝国を興し、東ローマ帝国の首都ビザンチウムを脅かすほどになります。セルジュク・トルコに引き続きオスマン・トルコ帝国が興り、1453年にはビザンチンを陥落し、ビザンチン帝国(東ローマ帝国)を滅ぼします。

 さて、トルコの伝統的な軍楽・メヘテルハーネの起源がいつなのかは明らかではありませんが、紀元前に中央アジアで暮らしていた時代にまで遡れると推定されています。7、8世紀には兵士が演奏した楽器の名前が記録に残っています。当時の軍楽隊の編成は、9管編成を基本としていました。当時のトルコ人の間では9という数字が好まれたのです。この伝統はオスマン・トルコまで伝承されました。

 かのマルコ・ポーロも「東方見聞録」のなかで、ラッパや太鼓の軍楽が軍隊を統率する様について記しています。

 1453年のビザンチン陥落以来、軍楽隊は発展を遂げます。17世紀にはスルタン、大臣、高官、将軍らがいろいろな規模の軍楽隊を持ち、楽団員は200人を越えました。なかでもスルタンのものは12管編成と決まっていたようです。

 軍楽隊戦争時はもちろん、通過する都市への進入時や、平和時にも演奏しました。イスラムの夕べの祈りに際しても演奏をしました。また、夜に火事になったときには、ダウルやケス(ともに太鼓)を打ち鳴らしたといいます。

 軍楽隊は、占領した土地の捕虜を兵隊に編入し、組織化する上で大きな効果をもたらしました。
そこで、他の民族もこれを取り入れるようになり、西洋におけるブラスバンドの基礎となりました。


(トルコで市販されている「軍楽隊」CDのジャケット)


<軍楽隊の楽器>

  軍楽隊の楽器には、以下の7種類があります。

管楽器

ボルラッパです。現在ではバルブのあるトランペットが用いられます。

ズルナオーボエ系の楽器で、広く広がった朝顔が特徴です。大小2種類あります。

打楽器

ケス鍋型の胴に革を張る太鼓。このタイプの太鼓はイスラム圏に広く分布していて、西洋の管弦楽に欠かせない打楽器ティンパニ(真鍮製の胴を持つ音階付き太鼓)の原型となりました。スルタンの権力を象徴する太鼓です。

ナッカーレ小型のケス、といった楽器で、通常ケスとセットで使われます。小型のティンパニを意味するナケールという言葉は、このナッカーレと語源が同じであると考えられています。

ダウル両面太鼓です。かつては汗(ハン)から地方長官に、地位のシンボルとして送られたと言います。

ジル大型のシンバルです。ソフィヤンという4拍子のリズムでは、3回たたいて1回大きく開く、というリズムを刻みます。これにあわせて行進は、3歩進んで、次の拍で右か左かに大きく体を傾け、リズムを取ります。このリズムが西洋の「トルコ行進曲」の原型です。

チュウゲン新月をかたどった飾り棒に鈴を付けた楽器で、歌い手が手に持って振ります。西洋に伝わると、トルコのクレスントなどとよばれ、軍楽隊で用いられました。

 軍楽隊は、管楽器が何本ずつあるかで編成の大きさを表します。そして、ズルナの主奏者が楽隊長をつとめます。




(C)関西シティフィルハーモニー交響楽団

(アマチュアオーケストラ,大阪市)