チューバ
〜「第九」に間に合わなかった楽器〜
 古典派の時代か現代に至るまで、弦楽器はほとんど姿を変えていません。スチール弦を用いるようになりネックが短くなったことと、半円形の弓を用いなくなったこと、肩当てやエンドピン(チェロとコントラバスを床の上に支える金属の棒)を用いるようになったぐらいでしょう。木管楽器のキーのシステムにもいろいろと改善が加えられています。しかし、なんといっても一番変わったのは金管楽器でしょう。

 ベートーヴェンの時代まで、金管楽器では、原則的に、管の長さで決まる基音の整数倍の周波数を持つ音、自然倍音しか吹くことができませんでした。つまり、ファンファーレのようなメロディーしか演奏できなかったのです。これを変化させた大発明がヴァルヴでした。

 ヴァルヴとは、金管楽器の管の長さを、演奏中に一定量変化させるための機械装置です。つまり、機械操作で、長い管と短い管を一瞬のうちに切り替える、そういう装置です。

 ヴァルヴを最初に発明したのはアイルランド人のチャールズ・クラゲットとされています。この発明で彼は1788年にイギリスで特許を取っています。ただし、この楽器はあまり普及しなかったらしく、現在ではどのようなものであったかもわかりません。

 現在わかっている、最初に商品化されたヴァルヴ楽器は、1814年もしくは1815年にプレスの宮廷ホルン奏者だったハインリヒ・シュテルツェルが発明したホルンです。この楽器は2つのヴァルヴを持ち、この操作により半音および全音分、音を下げることができました。このヴァルブは直管型であったと考えられていますが、1818年頃にはシュテルツェルは工場バンドの演奏者フリードリヒ・ブリューメルと共同で四角い形をしたピストン・ヴァルヴを開発、プロイセンで10年の特許を得ています。

 こうしてヴァルブ装置が発明されたことにより、金管楽器は加速的に進歩していきました。トランペットやホルンはヴァルヴを持たない前身を持っています。また、トロンボーンではヴァルヴを持つ楽器も現れましたが、スライドにより音をかえる機構を持っていたため、こちらが主流になっていきました。一方、このヴァルヴの発明により初めて世に姿を現した楽器がありました。それがチューバです。チューバの前は、全くないか、もしくはその位置を別の楽器が占めていたのです。

 その楽器は、オフィクレイドといいます。有鍵ビューグル属のこの楽器、唇を振動させてならす金管楽器なのですが、円錐管のあちこちに穴が空いていて、これをキーを使って塞いだり開いたりして音程を変える楽器です。1820年代に普及し、特にフランスやイギリスで広く用いられました。

 最初のチューバを誰が発明したか、というのは難しい問題です。多くのところで多くの人々が、別々の名前でヴァルヴを持った低音金管楽器を開発したからです。実のところ、今に至ってもチューバという言葉が指すのは単一の楽器ではなく、ヴァルヴを持つ円錐管の低音金管楽器、というおおざっぱな特徴を持つ楽器群全体を指す言葉なのです。

 記録によると、1920年代にシュテルツェルらはF管のヴァルヴ付低音金管楽器を開発していたといいますが、当時の機構ではこの楽器はうまく鳴らなかったのでは、と考えられています。

 今日考えられている最初に成功したチューバは、プロイセンのバンドマスター、ヴィルヘルム・ヴィープレヒトと楽器制作者ヨハン・ゴットフリート・モーリツにより考案され、プロイセンで1835年に特許を取ったF管のバス・チューバです。と、いうわけで、1824年に初演されたベートーヴェンの「第九」には、当然ながらチューバは使われていません。

 では、チューバがオーケストラで用いられるようになったのはいつのことなのでしょう?スコアに始めからチューバのパートを書き入れた最初の人は、ワグナーだったと考えられています。その曲は、1843年初演の「さまよえるオランダ人」。1860年出版の印刷板を見ますと、序曲の終始部と第三幕で、オフィクレイドの代わりにバス・チューバと明記されています。また、それ以前に書かれた曲、1840年作曲の「ファウスト序曲」は、しばしば最初にチューバを使った曲として取りざたされますが、第1稿の段階ではセルパン(オフィクレイドのさらに前身とも言える楽器)を使用するように指示されていますが、1955年の初演の時に改訂を加え、バス・チューバを使用するように改められたものです。

 オフィクレイドが定着していたフランスとイギリスでは、長い間オフィクレイドが用い続けられました。そんな中でベルリオーズは最初にチューバの価値に気づいた一人です。彼の初期の作品では高音の管楽器に対抗するため数本のオフィクレイドが用いられていますが、後に彼はこれをチューバに書き換えました。この際、彼は、低音域が弱くならないようにオクターヴ・ユニゾンで重ねることを指示しました。このような経緯からか、フランスではチューバはオフィクレイドの特殊なタイプ、ピストン付オフィクレイドと考えられるようになりました。つまり、フランスでオフィクレイドと言ったとき、キー付オフィクレイドとピストン付オフィクレイドの2種類の楽器を指すことになったのです。ちなみに、パリオペラ座では1874年までキー付オフィクレイドが用いられていたそうです。




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(アマチュアオーケストラ,大阪市)