(C) 関西シティフィルハーモニー交響楽団
(アマチュアオーケストラ,大阪市)

ベートーヴェン 交響曲第9番
− 第1節の私的解釈 −


この節では、「歓喜」「美しき神々の煌めき」「エリジウムから来た娘」という3つの主語が登場し(先ほどのエリジウムの娘でも触れましたが、恐らくこの3つの主語は、同一のものでは?)、我等(人々)が炎のような情熱に酔って、その聖域に入り、そこでばらばらになった人類が再び一つとなり、人類が皆兄弟になることが歌われていると考えられます。

現に、ベートーヴェン自身も、この節を一番気に入っていたようで、第九の中でもいろんな箇所で繰り返し歌われています。

ちなみに日本語で歌われる第九の歌詞の一つでは、
「歓喜よ 神の火 天つ乙女よ 迎えよ我等を 光の殿へ」
「我が手の結ばん くすしき綾に 生くとし生くなる 人みな友ぞ」
とあります。

ただ、私が思うに、ここでいう「歓喜」「美しき神々の煌めき」「エリジウムから来た娘」、「聖域(上記の光の殿)」は、具体的な存在ではなく、かなり抽象的なもの、つまり心の中にあるものだと思うのです。

つまり、人類は真の歓び(歓喜)を得ることにより、心のつながりを分断する多くの障害(時の流れによって分け隔たれたもの)を克服し、原始の人々が持ち合わせていたであろう心のつながりを再び取り戻すことが出来るという意味だと思われるのです。