声楽の入った交響曲
 純粋器楽の頂点としての交響曲のスタイルを確立したのはベートーヴェンですが、彼自身が最後に作曲した「交響曲第九番 《合唱付》」(1824年)により、この純粋器楽、という掟は破られることになりました。以後、何人かの作曲家が声楽の入った交響曲を作曲しています。その代表作を紹介しましょう。

●ベルリオーズ作曲、劇的交響曲「ロメオとジュリエット」(1839年)

 この曲は、管弦楽と独唱、合唱を用い、シェイクスピアの劇によりながらも、オペラでもオラトリオでもない、「劇的交響曲」という彼独自の手法で描かれています。それは、劇のストーリーを追うのではなく、印象的な場面を音楽的なイマジネーションに結びつけて描き出したものです。

●メンデルスゾーン作曲、交響曲第2番《讃歌》(1840年)

 この作品は、いってみれば「交響曲」と「カンタータ」のハイブリッドです。3楽章までは普通の交響曲として作曲されたのですが、終楽章にカンタータを持ってくることを思いつき、4楽章にあたるカンタータの序奏部に3楽章の主題を取り入れ、循環形式に仕立てたものです。

●シベリウス作曲、クレルヴォ交響曲(1892年)

 シベリウスが初めて着手した民族的な題材に基づく作品です。クレルヴォとは、フィンランドの叙事詩「カレワラ」に現れる眠りと夢の神です。曲は5楽章からなり、第3,5楽章に声楽が付く、劇的交響曲と言っていいような作品です。

●マーラー作曲、交響曲第2番(1894年)

 マーラーの交響曲第1番も自作の歌曲集「さすらう若人の歌」と強い関連性を持つ曲ですが、実際に声楽が入るのはこの2番が最初です。4楽章で「子供の不思議な角笛」から、「原光」をアルトが、5楽章でクロプシュトックの詩および、マーラー自身による歌詞をソプラノ独唱と合唱が歌います。

●マーラー作曲、交響曲第3番(1896年)

 4楽章でアルトがニーチェの「ツァラトゥストラはかく語りき」の詩を、5楽章で少年合唱、アルト、ソプラノ独唱、女声合唱が「子供の不思議な角笛」による詩を歌います。

●マーラー作曲、交響曲第4番(1900年)

 4楽章で、ソプラノ独唱が「子供の不思議な角笛」による詩を歌います。マーラーの交響曲第2,第3,第4番は、「子供の不思議な角笛」による歌を伴いますので、「角笛チクルス」などと呼ばれます。第2番では死と復活が、第3番では自然と永遠の愛が、第4番では天国の喜びが主題となっています。

●スクリャービン作曲、交響曲第1番(1900年)

 全6楽章からなり、終楽章である第6楽章に混声四部による大合唱が含まれていて、芸術による人類の救済を歌い上げます。

●マーラー作曲、交響曲第8番(1910年)

 この曲は、カンタータと呼ぶ方がふさわしいのかもしれません。声楽が土台となって音楽が作り上げられているのです。演奏には大オーケストラと2組の混声合唱団と、少年合唱団を必要とします。第1部の歌詞は9世紀の大司教によるラテン語の讃歌、第2部にはゲーテのファウストの終幕の歌詞が使われます。

●マーラー作曲、「大地の歌」(遺作、完成1908年)

 第九交響曲を書くことが作曲家に死をもたらすという強迫観念にとらわれたマーラーは、9番目にあたるこの交響曲に第九交響曲の名前を与えませんでした。しかし、作曲者自身が「テノール、アルト(またはバリトン)と管弦楽のための交響曲」と明記しているように、この曲は交響曲として作曲されています。全6楽章にテノールもしくはアルトの独唱がつきますが、歌詞には李白、孟浩然、王維の漢詩のドイツ語訳が用いられています。

●メラルティン作曲、交響曲第4番(1912年)

 第3楽章に、ヴォカリーズ(母音唱法)で歌われる女性三重唱が加わります。メラルティンは優れた歌曲を多数残しています。

●シマノフスキー作曲、交響曲第3番《夜の歌》(1914年)

 第1楽章と第3楽章に、13世紀ペルシアの神秘主義詩人・ルーミーの詩「夜の歌」による、テノール独唱と混声合唱が入ります。

●ストラヴィンスキー作曲、詩篇交響曲(1930年)

 新古典派の時代の作品としては、なんとも奇抜な作品。2台のピアノとハープを加えた4管編成(かなり変則的な)で、弦楽器はチェロとコントラバスという不思議な編成。これに合唱が加わります。曲は3楽章からなり、ブルガタ聖書(ラテン語)の詩篇から歌詞は選ばれています。

●ローセンベリ作曲、ヨハネ黙示録(交響曲第4番)(1940年)

 第二次世界大戦を背景とした作品。8つの章からなり、バリトンのレシタティーヴォ(ヨハネ)と合唱が新約聖書のヨハネの黙示録を歌い継ぎます。歌詞には他に、ヒャルマン・グルベリの詩が用いられるています。

●ショスタコーヴィチ作曲、交響曲第13番《バビ・ヤール》(1962年)

 バス独唱と男声合唱が主役を演じるこの曲は、むしろカンタータと分類されるべきかもしれません。5つの楽章にはそれぞれ独立した歌詞が付けられています。初演当時、ソ連当局から第1楽章の歌詞、イェフトゥシェンコの「バビ・ヤール」が、訂正の要求を受けました。これはバビ・ヤールのナチによるユダヤ人迫害の残虐さを歌ったもので、そこに描かれた独裁者の横暴と、その陰で生きようとする俗物の生き様が、体制を批判しているととられたのです。この時代、よくぞこんな曲が書けたものです。

●ショスタコーヴィチ作曲、交響曲第14番(1969年)

 11楽章の、死を扱った詩を集めた歌曲集として書かれた交響曲です。詩は4人の詩人からとられており、マーラーの大地の歌を彷彿とさせます。不自然な死を主題とする交響曲。これまた、こんな時代によく書けたものです。

●ハンソン作曲、交響曲第7番《海の交響曲》(1977年)

 ホイットマンの「草の葉」をテキストにした、合唱を伴う作品。作曲家81歳の歳の作品です。

こうして並べてみますと、声楽入りの交響曲って、ずいぶんたくさんあるのですね。もちろん、これが全てではありません。いずれにせよ、交響曲というスタイルに関する掟の創出者、ベートーヴェン自身が「掟破り」をしたおかげで、ずいぶんと多彩な花が開いたものです。




(C)関西シティフィルハーモニー交響楽団

(アマチュアオーケストラ,大阪市)