(C) 関西シティフィルハーモニー交響楽団
(アマチュアオーケストラ,大阪市)

ベートーヴェン 交響曲第9番
− エリジウムから来た娘 −


1.「エリジウム」とは?


エリジウム」とは、ギリシャ神話に出てくる永遠の楽土エリュシオンのことです。

古代ギリシャの大詩人ホメロス叙事詩「オデュッセイア
(英雄アキレスやトロイの木馬の話で有名なトロイア戦争の後半部以降の物語)によりますと、エリュシオンは、現世(地上世界) の英雄や名士であった人間のみが死後に行くことの許される、あらゆる悩みや苦しみから解放された永遠の理想郷とのことです。

「オデュッセイア」の記述の中では、トロイア滅亡後の帰途で、エリュシオンへ立ち寄ったトロイア戦争の英雄の一人オデュッセウスが、死後エリュシオンに住んでいる父親と対面し、肩を並べて会話をした話が載っております。
(ちなみに、その会話の中で、その他一般大衆の魂が、エリュシオンのほとりにあるレーテ川の水を飲んで、生前の全ての記憶を抹消した後、再び地上に生まれるとの話も出てきております。)

まあ、日本で言えば極楽浄土のようなところでしょうか。
(ただし、入れる人間がかなり限られているところが大きく異なってますが・・・)

全くの蛇足ですが、パリで一番有名な大通り「シャンゼリゼ」は、「エリュシオンの野」という意味です。



2.エリジウムから来た「娘」とは?

第九の歌詞訳の中で、時々「天つ乙女」と極端に訳されてしまう部分ですね(笑)。
(まあ、それはそれでよく分かるんですけど・・・)

さて、前述のホメロスの叙事詩の中にも、エリュシオンの「娘」に関する記述(エリュシオンに特別な能力を持った娘が住んでいるなど)がありませんし、これと言って、参考になるような記述もほかには特に見あたりませんので、これが何を意味しているのかは、よく分からないところです。

ただ、その後「貴方の御力が・・・再び結びつける」などの記述があることから、何か特別な力を持った存在(概念?)であることは確かなようです。
その場合、主語が「歓喜」なのか「神々」なのか「娘」なのかが問題となってしまいますが・・・
もしかすると三位一体(三つとも元は同じもの)なのかもしれませんね。

それ所以か、この「娘」を「女神」と訳す場合もあります。

(しかし・・・ 前述を覆してしまうかもしれませんが)
私は、この「エリジウムから来た娘」は具体的な「存在」ではなく、「歓喜」を象徴する一つの「概念」として捉えた方が自然ではないかという気がします。



なお、ご参考(?)までに、北欧神話「エッダ」の中には、現世の英雄の魂を天空の彼方にある理想郷ヴァルハラへと導く、ヴァルハラ神殿の巫女ワルキューレの話があります。
(そう、ワーグナーのオペラ等でお馴染みであり、「ワルキューレの騎行」の曲名で知られる、あのワルキューレです。)

もしかすると、シラーも「歓喜に寄す」を書いた際に、この神話のことが頭をよぎったのかも・・・ (ただし、この神話を知っていればの話ですが(笑))



*(参考)北欧神話「エッダ」について

北欧で語り継がれている神話であり、神々の誕生から滅亡、そして世界の再生までを描いた壮大な物語です。
天空の神々の住む理想郷ヴァルハラを主な舞台として、多くの神々や敵対する存在が登場し、人間味あふれる振る舞いをするところなど、ギリシャ神話に共通するところも多く見られます。
主神オーディン(ゲルマン神話での別名がボーデン、ギリシャ神話のゼウスに相当)、その右腕とも言える雷神トールなどの善なる神々を中心として、これらの神々の助けとなり、また最終的に敵となってしまう邪神ロキと、その息子(と言っても姿は狼の)フェンリル、そして 神々の最終戦争(ラグナロク)において、世界を炎で焼き尽くす炎の一族の長ストゥルスなど、様々な神々や怪物が現れます。
ギリシャ神話と読み比べてみると面白いかもしれません。

(蛇足ながら・・・身近な北欧神話)
英語の水曜日(Wednesday)主神オーディン(正確には別名であるゲルマン神話のボーデン)の名、木曜日(Thursday)雷神トールの名に由来すると言われております。
また、「ヴァルハラ」「オーディン(ボーデン)」「ワルキューレ」「ロキ」「フェンリル」「ラグナロク」など、北欧神話を由来とする名前は、漫画やアニメ、ゲームの世界でも頻繁に目にします。
欧米諸国では、ギリシャ神話に次いでよく知られている神話だと思われます。