ヴァイオリン属が打楽器になるとき

弦楽器奏者が密かに恐れる奏法

 オーケストラで用いられる弦楽器(ハープを除く)は、すべて弓の毛(馬のしっぽ)で弦をこすり音を出す擦弦楽器で、ヴァイオリン属と総称されています(厳密にはコントラバスはヴィオール属とのハーフですけど)。ところが、大原則であるはずの「擦弦」を逸脱する奏法があるのです。

 よく使われるのは、指で弦を弾く「ピチカート」。次回の演奏会でも多用されます。ちょっとだけ、マンドリンの気分です。マーラーの交響曲第五番の三楽章の中程に、弦楽器の各パートのトップ奏者によるピチカートの合奏があります。短いですが非常に印象的な部分です。また、シュトラウスのポルカでは「ピチカート」と、弓で弾く(ひく、です。弓では、ハジきません。弓を弾(はず)ませたりはしますが)「アルコ」が入り交じって出てきますので、あたふたと演奏する姿をお楽しみ頂けることでしょう。

 ピチカートといえば、というか、ポルカといえば、ルロイ・アンダーソンの作品に「ピチカート・ポルカ」という曲があります。弦楽器がひたすらピチカートだけで演奏するのですが、その曲の中で、とんでもない奏法が用いられています。楽器の裏板を指でこすって「きゅっ」と鳴らすのです。指のコンディションが悪いと鳴らなかったりして、なかなか大変な曲です。また、普段演奏技量の面で肩身の狭い思いをしている人が、この「きゅっ」を百発百中で鳴らし、突如ヒーローになったりする、不思議な曲でもあります。

 さて、これらの「害のない」奏法と違い、まさに「悪魔の奏法」というべき裏技があります。これをはじめて用いたのはヘクトル・ベルリオーズという男。とあるシェークスピア女優に熱烈に入れあげた名もなき音大生・ベルリオーズ君。血迷って何をしたかと思えば、交響曲を作曲したのでした。題して「幻想交響曲」。やばそうなタイトルですが、内容はさらにスゴい。まさに、ヴァーチャル・リアリティーの世界なのです。

 要するに、彼は、仮想現実の中で、彼女と自分の恋の行方を描いてしまったのです。報われぬ恋に絶望し、阿片をあおって自殺した若者(もちろん、作曲者自身)の、断末魔の幻想を、交響曲というスタイルを崩すことなく描写したのです。
美しい彼女との出会い、舞踏会での再会、田園への逃避、報われぬ恋を清算しようと彼女を殺め、その罪により断頭台に向かうシーン、死後に参加する魔物たちの饗宴、この5つの幻が、各楽章のテーマです。この第五楽章において、その、恐るべき奏法は用いられているのです。ちなみに、この曲の作曲後、作曲者はその美人女優(その時すでに落ち目になってましたが)と結婚してしまったというから、世の中間違っています(?)。

 奏法の名前は、col legno(コル・レーニョ)イタリア語で、「木で」という意味です。木で何をするのか!そう、弓の「毛」ではなく、「木」で、弦を叩いて演奏するのです。「ばちばち」という、実に乾いた音がします。が、かろうじて音程は感じられます。かろうじて人の姿をとどめている骸骨かミイラを表現しているのでしょうか。

 この「不吉な」奏法、その後、しばしば用いられるようになります。ひとつだけ例を挙げますと、ホルストの「惑星」のなかの「火星」で用いられています。戦の神、マルス(英語で火星はMars、すなわち軍神マルスの名で呼ばれます)の不吉なイメージをよく表現しています。

 この、恐るべき奏法が、マーラーの交響曲第五番第一楽章の終わりの直前で使われるのです。この楽章の冒頭にWie ein Kondukt(葬列のように)と書かれていることを我々は思い出すべきでしょう。

 しかし、なによりも、この奏法が「恐るべき奏法」であるのは、スチールで巻かれた堅い弦を、柔らかい木でできた弓で叩く奏法である、という点です。高い弓を使っている奏者にとってはまさに脅威です(弓でも100万円以上したりするのです!)。