ニコライ組合

 遍歴芸人に対抗するためにウィーン土着の音楽家たちが作った組合。1288年設立されました。組合員同士の無益な競争を避ける働きもしました。入会費は10グルテン、年会費は1シリングでした。

 芸能伯と呼ばれる貴族が組合長となり、組合員たちはその保護下に入りました。組合に入ったのは音楽家のみならず、曲芸師や動物使いなど、様々な芸人たちでした。

 組合組織は非常にしっかりした物で、例えば、組合員は組合を通さずに勝手に個人的に仕事を受けることは禁じられていました。また、組合は2組に分かれていて、ウィーン市内で演奏できる第一組は最大36人で、その他の第二組はウィーン市外で演奏しなくてはなりませんでした。こうした規律がウィーンにおいて音楽家が尊敬を受ける下地となったのでしょう。

 一方でニコライ組合には進んだ社会保障制度がありました。疾病養老保険や、後には生命保険もでき、組合人がなくなると遺族に年金が支払われました。

 ニコライ組合は14世紀に最大規模に達しました。この時代には組合長の下に10人の芸能伯を置き、それぞれが芸人たちを統括しました。その財力はウィーン内にブドウ園を二つも買い取り、会館も建設するほどの物でした。

 この欧州最古の音楽家組合は16世紀には衰えはじめ、モーツァルトの時代にはかろうじて名前をとどめるといった状態で、1777年には皇帝ヨーゼフ二世により廃止されました。