フマニストの音楽

 ルネサンス・イタリアに興ったフマニスムス(人文主義)は、15世紀後半ウィーンでも盛んになりました。フマニスムスとはギリシア・ローマ時代を範として、人間の尊厳を主張し、古典的教養を重んじる運動でした。

 1497年、皇帝マクシミリアン1世は南ドイツの有名なフマニスト、コンラート・ツェルティスをウィーンに呼び寄せ、フマニスト頌歌を広めています。フマニスト頌歌とは、古典詩のメトルム(韻律)を、歌いながら覚えるという教育的目的で作られていて、音楽的にはホモフォニック(主旋律に簡単な伴奏を付けたもの)なものでした。

 こうした歌は17世紀まで大学やラテン学校で盛んに行われました。また、フマニスト達はラテン語の学校劇を演じましたが、そのなかには一部、合唱曲が含まれていました。ただ、音楽劇というにはほど遠いものでした。