フランク族

 北ドイツのライン川中流域以下を中心に居住するゲルマン人。

 ゲルマン民族の大移動の前、フランク族はライン川の東側に住んでいました。そして、大移動の嵐の中、ただ川を渡り、旧ローマ帝国内に入るにとどまったのでした。従って、旧来のすみかと関係を絶たれることもなく、無駄な労力もなく、新しい文化(ローマ帝国の文化)を取り入れることができました。このことが後のフランク王国の大発展に繋がりました。 

 フランク族を統一したクローヴィスが、ゲルマンでは一般的であったアリウス派キリスト教から早々と正当派・アタナシウス派キリスト教に改宗したことも、フランク族の大発展の要因となりました。フランク王国はゲルマンを統一するにあたり、異端者の討伐というお墨付きをローマ教会からもらうことができたのです。

 豊かな想像力を持つ民族で、ローレライやニーベルンゲンの伝説(ジークフリートのモデルはフランク族の一支族の首長であるといわれています)など、数多くの伝説を伝えています。

 ゲーテに見られるように、詩歌、発明などの多才の士を多く輩出しています。美しい民謡が豊かで中世にはミンネゼンガーの芸術が栄えました。

 バロック期に音楽の中心であったオランダもフランク族の国です。ベートーヴェンはオランダ系フランク人の血を引いています。

 ウィーンの方言が遙か西方のシュヴァーベン語に近いところがあるのは、フランケン(フランク弁)の名残であるとされています。

 ちなみに、ドイツ語ではフランスのことをフランクライヒ、すなわちフランクの国と呼びます。カール大帝のフランク王国が3つに分割されたそのひとつが、フランスの起こりです。