教会音楽

 ウィーンにキリスト教が定着したのはローマ帝国の支配時代です。西暦500年前後には教会や修道院でかなり盛んに音楽が演奏されていました。

 オーストリアにカトリックが急速に広まったのは、733年にザルツブルクに大司教の座がおかれた後のことです。西からのドイツ農民の移住がこれに拍車をかけました。彼ら開拓民を組織したのはシトー修道院でした。その後、「ヤゾミールゴット」ハインリヒ二世の時代にはウィーンには4つの教会と数多くの教団が入ってきていました。

 数ある教団の中で、ベネディクトゥス教団の布教は、音楽の発展に大きく貢献しました。この教団は音楽の演奏を義務としていて、ザルツブルクなどではグレゴリオ聖歌の伝統が生まれました。修道院では音楽理論が盛んに研究されました。

 これらの聖楽のウィーンにおける中心であるシュテファン教会では、一種の市民学校が12世紀半ばには誕生し、そのなかで義務科目として音楽が教えられていました。

 1365年にはウィーン大学が設立されました。このなかにも芸術科がありましたが、大学ではもっぱら音楽理論が伝授され、実技は伴いませんでした。しかし、ウィーン大学でシュテファンの市民学校の校長が教鞭を執っていましたし、学生の多くはシュテファン教会の聖歌隊で歌っていましたから、この両者の結びつきは強いものでした。

 1480年、市民学校の中から選りすぐりの生徒を集めてシュテファン教会の少年合唱団が結成されました。これがウィーン少年合唱団の遠い源であるといえるでしょう。また、ニコライ組合とは別に聖楽をシュとする演奏家の団体・聖体兄弟団があり、金曜日にはシュテファン協会内で受難劇を演じていました。シュテファン教会のオルガンも有名です。1334年にはもうオルガンがあったことが記録されています。