マーラーを取り巻く人々
− マーラーに関わった人々の紹介 −
(その1:出生〜青年期まで)





ベルンハルト・マーラー

ベルンハルト・マーラー
   (グスタフ・マーラーの父親:1827生-1889没

彼は並ならぬ出世欲を持っており、イーグラウで酒屋(販売業と製造業を兼ねている)を始めて、一代にして財を築きあげた、ユダヤ人の中でも「成功者」の一人でした。
また、他のユダヤ人成功者と同様に、勤勉かつ教育熱心でありました。若い頃に仕事で馬車を牽いているときにも、数多くの文学作品を読んでいたと言います。
それ故、息子グスタフの音楽的才能をいち早く見抜き、自分の全てを賭けて、最高の音楽教育が受けられるように多方面に手配を取ったのでした。(その姿は、モーツァルトの父レオポルド、ベートーヴェンの父ヨーハンに似ていますね。)

グスタフ・マーラーの音楽的才能や、またそれを裏付けている文学的観念は、この父親によって開花させられたと言っても過言ではないでしょう。

しかし、その一方で、分裂気質(感情のむらが激しい性格)であったため、時々妻のマリーや自分の子供達に暴力を振るい、「暴君」として恐れられていたと言われております。
それは、幼い頃のグスタフ・マーラーに深い心の傷を負わせることとなったのです。

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マリー・マーラー
   (グスタフ・マーラーの母親:1837生-1889没

彼女は、イーグラウの近くの町に住んでいたユダヤ人石鹸工場経営者の娘(旧姓マリー・ヘルマン)で、1857年にベルンハルト・マーラーと結婚しました。
生まれつき足と心臓が悪かったため、時々分裂性の癇癪を起こす夫の度重なる暴力に怯え、自分の子供達に十分な教育を施すことが出来なかったと言われておりますが、息子のグスタフ・マーラーは、この母親に強い愛情を感じていました。
(それは、後に自分の妻となるアルマ・マーラーに対して、母親と同じ「マリー」の名で呼ばせることを強制した事からも伺えます。)

この母親に対する幼い頃からの強い(ある種屈折した)愛情が、父親への恐怖家庭内の凄惨さと相俟って、グスタフ・マーラーの作った音楽に大きな影響を与えていると言ってもいいでしょう。


「グスタフ・マーラーの一生」の中の関連部分に戻ります。




マリー・マーラー


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