マーラー交響曲第5番 嬰ハ短調
−第4楽章−
「アダ―ジェット・非常にゆっくりと」

 ひとすじのヴィオラがまっすぐに立ち昇り、ハープがはらはらと淑やかに舞いおちれば、ヴァイオリンの歌はゆっくりと、そのつぼみをほどく……。規則正しい冷たさや、混乱や、狂騒が、常に玉座を占めつづけ、声高にまくしたてていたのは、いったいいつのことだったのだろう。そういえば、この安息の音楽を造りあげているのは、人の息遣いにぴったりと寄りそった「歌」である。短い断片的なフレーズや、意味ありげなリズムが石材のように積みあげられて成っているのではなく……。「歌」があたりまえに持っている伸びやかさ、しなやかさ、人肌を思わせる温もりが、一瞬もためらうことなく、聴き手を暖め続ける。
 自らの心のうちに問いを投げかけるような、やや厳しい表情のヴァイオリンのメロディで中間部がはじまり、ハープが優美なアルペッジョ(註4)をぽろり、とこぼせば、冒頭の音楽が還ってくる。最後は長く長くたなびくかすかな和音を残し、この音楽は彼方に消えてゆく。


註4:アルペッジョ
 複数の音がつみ重ねられた「和音」を、同時に「ジャン」と鳴らすのではなく、ギター風に「パラララン」と弾く奏法。