マーラー交響曲第5番 嬰ハ短調
−第3楽章−
「スケルツォ・力強く 速すぎずに」

 喜色満面な、乾杯の音頭のような音楽にはじまるこの第3楽章には2つの目立った特徴がある。終始途絶えぬ舞曲風の3拍子と、音楽をリードする特別な独奏ホルン“コルノ・オブリガート(註3)”の存在である。
 楽章の開始早々から率先して舞いいずるそれは、それぞれが互いに類似した毛色を持った8種の舞曲を曳き出す。その中にはいくぶん奇矯なダンスも混じってはいるものの、まだ適度なスパイスといった域を出ない。
 晴朗ではあるが軽薄な性向も持った舞曲が立て続けに示されたことによって、音楽はうわべの愉しさ目指して走り出してゆく。もっともその喧騒のわずかなすきを突いてソロを吹き、楽章の進路を改めさせるのもコルノ・オブリガートで、調子良く回りつづけてきた拍子もとろりとほどけ、くつろいだほろ酔い気分に染め上げられる。
 やがてテンポはまどろんでいるような遅さにまで沈められ、その中から甘く感傷的な子守歌が生まれると、それまではおとなしかったトロンボーンがにわかに吼えはじめ、音楽はそれにおびえたかのように停止してしまう。
 無人の野と化した音楽の世界で、ひとり朗々と舞いつづけるコルノ・オブリガート。オーケストラもその恰幅に気圧されたか、時折遠慮がちな皮相な音を挟んでくるだけだ。一方では思い出の世界にひきこもるようなやたらに甘い音調が強まってゆくばかりであるが、コルノ・オブリガートはそのような安逸を許してはおかない。目覚し時計のベルを連想させるけたたましい騒音−−そのリズムは“奇矯なダンス”からとられたもの−−で喝を入れ、冒頭の部分の再現へと導く。
 ところがその結果戻ってくる音楽からは、最初のときのようなふくよかな余裕がすっかり喪われ、強引な、ひきずり回すような粗暴さ、カラ元気ばかりが目立つ。やがて最初と同じな音楽の総停止、コルノ・オブリガートの独り舞台、痩せこけた貧しい舞曲……。この音楽はこの先どこへゆこうというのだろう、と聴き手が途方に暮れかけたとき−−地底から低く鈍い地獄の太鼓(そのリズムの出典はまたしても“奇矯なダンス”である)が涌きあがってき、凶暴なリズムをほしいままに振りかざす灼熱の舞踏がついにはじまる! 音楽の案内人であったコルノ・オブリガートの姿はもはやどこにも見えず、微笑も愉悦も消え失せ、奇矯ではあっても飼いならしていたはずのものが、今や辺りを埋めつくして暴れ放題。悪鬼と化した3拍子よ、倒れるまで踊り狂え!


註3:コルノ・オブリガート
 このイタリア語を直訳すると「省くことのできないホルン」。第3楽章の音楽の進行に不可欠な役割を担う独奏ホルンとして、マーラーは特にこのパートを設けたのであろう。こういう名前の特別の楽器があるという訳ではない。