マーラー交響曲第5番 嬰ハ短調
−第1楽章−
「葬送行進曲・規則正しい歩調で、葬列のように」

 人の一生のうちの最も晴れがましい儀式を祝うそれかと思われた1本のトランペット。だがあろうことかこれがわずか3小節で突如暗転、そしてそのあとに全管弦楽が粛々とつき従うのを聴かされるに至り、聴き手はこの行列が実は葬列であったことを知る−−。作曲者が自らの結婚の年、1901年に着手し、翌年の秋に完成させた交響曲は、こうしてその物々しい鉄扉を開くのだ。
 つぎに現れる、ヴァイオリンのモノクロームの悲歌のもつしなやかさ、しめやかさは、先ほどのファンファーレと鮮やかな対比を成す。そのさまは「葬儀」のもつ、儀式としての謹厳さと、参列する遺族たちの人間的な悲哀の情との両側面を連想させる。
 このファンファーレと悲歌が、それぞれもう一度ずつ繰り返され、この楽章のいかめしく冷ややかな空気もいよいよ不動か、と思われたころ、突然トランペット−−葬送のファンファーレを吹いたのと同じ楽器だ−−が敢然と叛旗を突き立てる! 彼は力強いリズムを刻む低音楽器の合力もあって、葬送のファンファーレの威嚇とも、踏み荒らすようなリズムのティンパニの狼藉とも、しばらくは対等に渡り合って、この激しい音楽を編んでゆき、ほのかな希望が垣間見えるところまで漕ぎつけるものの、結局はこの葬送の楽章にひとつのエピソードを提供しただけのイカロス(註1)として沈んでゆく。
 ……こうして本来の灰色の色調に還った音楽は、弦楽のほとんどを休止させた、軍楽隊然とした手垢まみれのマーチや、行進調のリズムから離れたがるあられもない嘆き節などを遍歴し、次第に彼方へと去ってゆく。ちぎれたファンファーレの断片と、白骨のふれあうようなコル・レーニョ(註2)の響きを置き去りにして。


註1:イカロス
 王子テセウスノ怪物退治に秘策を献じて成功に導いたが、その行為に激怒したミノスによって父ともども迷宮に監禁されてしまい、父が考案したロウ製の翼で脱出を図るものの、父の忠告を無視して高空を飛んだために翼のロウを溶かし墜落死した、とされるギリシャの伝説中の人物。不動の定理や常識に反した無謀な行為の象徴として扱われる。

註2:コル・レーニョ
 「木で」という意味のイタリア語。ヴァイオリンなどの弦楽器を、弓の毛の方でなく、その反対側の木の方で、軽く叩くようにして鳴らす奏法。乾燥した感じの、かさかさした音色が得られる。