スペインのエキゾチシズム

 フランスやドイツといった中部ヨーロッパの人々にとって、スペインとはエキゾチシズムを駆り立てられる国でした。ピレネー山脈の向こうの異文化の国とその楽の音は、作曲家達の心をも引きつけてきました。

 古い例ではグルックのオペラ「ドン・ファン(1761年)」やモーツァルトのオペラ「フィガロの結婚(1786年)」に南スペインの舞曲・ファンダンゴが取り入れられていますし、ロマン派の時代に入ってからは、リストの「スペイン狂想曲(1844年)」、ラロの「スペイン交響曲(1873年)」、ビゼーのオペラ「カルメン(1875年)」、シャブリエの「狂詩曲スペイン(1883年)」等の曲が中部ヨーロッパで熱狂的に迎えられました。

 では、彼らがスペイン音楽の中に認めた「エキゾチシズム」の正体とは何でしょう?

ミの旋法

 中部ヨーロッパの「正統的」音楽スペインの音楽を比較するとき、際だって見える違いはその縁とする旋法でしょう。

 「正統的」音楽で用いられる旋法は、ドを主音とする長旋法と、ラを主音とする短旋法です。これらの旋法は共に主音の半音下に導音といわれる音を持ち、この導音を持つ属和音から主和音に解決する「定型的」なコード進行(これをカデンツといいます)を持つため、聴く者に非常に安定した感じを与えます。と、言葉で書いてもわかりにくいでしょう。幼稚園や小学校でお辞儀をするときにピアノの先生が弾いた、ドミソ、シレソ、ドミソというコード進行。頭を下げた後に自然に体がもとの位置にもどりますね、ドの半音下になるシの音のもつ不安定さが解消される、あの感じです。

 これに対し、スペイン音楽、なかでもアンダルシアをはじめとする地中海沿岸で広く用いられる旋法ミの旋法と呼ばれるものです。ちょっと聴いたところ、ミの旋法による曲は短旋法による曲、すなわち短調に聞こえなくもありません。しかし、短調なら終始音はラになるところですが、ミの旋法ではミの音が終始音になるのです。ミが主音になる旋法は実はグレゴリア聖歌の中にもあり、これはフリギア旋法と呼ばれています。しかし、スペイン音楽のミの旋法においては、フリギア旋法とは違った特徴が見られます。ミの旋法では曲の中途でラの音がしばしば支配的で(このため短調に聞こえるのです)、ラへの導音的な働きを持たせるために、しばしばソの音にシャープがつくのです。シャープのある、なしの二通りのソを持つこの旋法は時に「ナチュラル調」と呼ばれます。短調ではソにシャープがつくことと区別した呼び名です。大ざっぱにいえば、ミの旋法とは、フリギア旋法と短旋法を足して2で割ったような旋法ということになりますか。

 さきほど、学校の先生の弾くカデンツのはなしを書きましたが、スペイン音楽にも特徴的なカデンツがあります。Am→G→F→E、すなわち、ラ、ソ、ファ、ミと下行してくる形です。この場合、ミの半音上のファが長旋法のシ、短旋法のソ・シャープと同様、導音の働きをするわけです。

 さて、ここでうえに上げたスペインにちなんだ曲の旋律を思い出して下さい。ミの旋法が実に効果的に用いられていることがわかるはずです。音楽理論上、ミの旋法という考え方が成立したのはそう古いことではありません(それは実に1930年代のことでした)。それまでは単に短調の属音に終始する音楽と考えられていたのです。しかし、ミの旋法におけるメロディーとミの音との結びつきはそんな緩いものではありません。行き着くべくしてミに行き着くのであり、ラの代理ではありません。作曲家達は理論は知らずともその直感と感性でスペイン音楽の本質を捉えていたわけです。

 実はこのミの旋法、スペイン音楽の専売特許ではありません。地中海沿岸周辺からインドまでの非常に広い範囲で用いられているのです。例えば、イスラム音楽ユダヤ音楽にも広く用いられます(R.コルサコフの「シェーラザード」の冒頭や、サン=サーンスの「サムソンとデリラ」のバッカナーレを思い出して下さい。異国情緒の出所はここにあったのです)。

 このように広い範囲で用いられてきたミの旋法ですが、アンダルシア地方でジプシー達とであったとき、新たな地平線が開けてきたのです。アンダルシアの音楽とジプシーの出会いが生んだフラメンコ音楽に関しては、また別項で。

スペインのエキゾチシズム

 フランスやドイツといった中部ヨーロッパの人々にとって、スペインとはエキゾチシズムを駆り立てられる国でした。ピレネー山脈の向こうの異文化の国とその楽の音は、作曲家達の心をも引きつけてきました。

 古い例ではグルックのオペラ「ドン・ファン(1761年)」やモーツァルトのオペラ「フィガロの結婚(1786年)」に南スペインの舞曲・ファンダンゴが取り入れられていますし、ロマン派の時代に入ってからは、リストの「スペイン狂想曲(1844年)」、ラロの「スペイン交響曲(1873年)」、ビゼーのオペラ「カルメン(1875年)」、シャブリエの「狂詩曲スペイン(1883年)」等の曲が中部ヨーロッパで熱狂的に迎えられました。

 では、彼らがスペイン音楽の中に認めた「エキゾチシズム」の正体とは何でしょう?

ミの旋法

 中部ヨーロッパの「正統的」音楽スペインの音楽を比較するとき、際だって見える違いはその縁とする旋法でしょう。

 「正統的」音楽で用いられる旋法は、ドを主音とする長旋法と、ラを主音とする短旋法です。これらの旋法は共に主音の半音下に導音といわれる音を持ち、この導音を持つ属和音から主和音に解決する「定型的」なコード進行(これをカデンツといいます)を持つため、聴く者に非常に安定した感じを与えます。と、言葉で書いてもわかりにくいでしょう。幼稚園や小学校でお辞儀をするときにピアノの先生が弾いた、ドミソ、シレソ、ドミソというコード進行。頭を下げた後に自然に体がもとの位置にもどりますね、ドの半音下になるシの音のもつ不安定さが解消される、あの感じです。

 これに対し、スペイン音楽、なかでもアンダルシアをはじめとする地中海沿岸で広く用いられる旋法ミの旋法と呼ばれるものです。ちょっと聴いたところ、ミの旋法による曲は短旋法による曲、すなわち短調に聞こえなくもありません。しかし、短調なら終始音はラになるところですが、ミの旋法ではミの音が終始音になるのです。ミが主音になる旋法は実はグレゴリア聖歌の中にもあり、これはフリギア旋法と呼ばれています。しかし、スペイン音楽のミの旋法においては、フリギア旋法とは違った特徴が見られます。ミの旋法では曲の中途でラの音がしばしば支配的で(このため短調に聞こえるのです)、ラへの導音的な働きを持たせるために、しばしばソの音にシャープがつくのです。シャープのある、なしの二通りのソを持つこの旋法は時に「ナチュラル調」と呼ばれます。短調ではソにシャープがつくことと区別した呼び名です。大ざっぱにいえば、ミの旋法とは、フリギア旋法と短旋法を足して2で割ったような旋法ということになりますか。

 さきほど、学校の先生の弾くカデンツのはなしを書きましたが、スペイン音楽にも特徴的なカデンツがあります。Am→G→F→E、すなわち、ラ、ソ、ファ、ミと下行してくる形です。この場合、ミの半音上のファが長旋法のシ、短旋法のソ・シャープと同様、導音の働きをするわけです。

 さて、ここでうえに上げたスペインにちなんだ曲の旋律を思い出して下さい。ミの旋法が実に効果的に用いられていることがわかるはずです。音楽理論上、ミの旋法という考え方が成立したのはそう古いことではありません(それは実に1930年代のことでした)。それまでは単に短調の属音に終始する音楽と考えられていたのです。しかし、ミの旋法におけるメロディーとミの音との結びつきはそんな緩いものではありません。行き着くべくしてミに行き着くのであり、ラの代理ではありません。作曲家達は理論は知らずともその直感と感性でスペイン音楽の本質を捉えていたわけです。

 実はこのミの旋法、スペイン音楽の専売特許ではありません。地中海沿岸周辺からインドまでの非常に広い範囲で用いられているのです。例えば、イスラム音楽ユダヤ音楽にも広く用いられます(R.コルサコフの「シェーラザード」の冒頭や、サン=サーンスの「サムソンとデリラ」のバッカナーレを思い出して下さい。異国情緒の出所はここにあったのです)。

 このように広い範囲で用いられてきたミの旋法ですが、アンダルシア地方でジプシー達とであったとき、新たな地平線が開けてきたのです。アンダルシアの音楽とジプシーの出会いが生んだフラメンコ音楽に関しては、また別項で。