前回の演奏会で取り上げたペヤチェヴィチの交響曲本邦初演の曲でした。

 ペヤチェヴィチは、今世紀初頭に我らが指揮者、マエストロ・スルジッチの母国、クロアチアで活躍した女流作曲家です。何でも彼女はクロアチアの古い貴族の家系に属し、城の中で家庭教師達に囲まれ教育を受けたそうです。そして、その教師達の中には優秀な音楽家達もいたのです。彼女の最初の作曲は12歳のことで、ヴァイオリンとピアノのための簡単な小曲だったということです...。以下に、我らのマエストロによる作曲者と作品のレビューを掲載します。

【作曲家:Dora Pejacevicについて】


 ドーラ・ペヤチェヴィチ(Dora Pejacevic:1885-1923)は彼女の37年の人生を、政治的、経済的、文化的、そして芸術的混乱の中で、まさに苦難の内に過ごしました。それは、当時の芸術界で確立されていた価値観が衰退する、深刻な危機と混乱の時代(音楽界ではロマン派から近代音楽への過渡期)でもあったのです。芸術界におけるそうした急進的変化に対して、彼女は破滅主義や実証主義で応じることはありませんでした。むしろ、より深い音楽表現に彼女自身が戦いを挑み、自分自身の新しい真理を探求しようとしたのでした。

 第1次世界大戦前、彼女の作曲技法はロマン派の模倣に頼ることから脱しつつありました。そして明らかに独創的だった彼女自身の個性を、どんどん自分のものにしつつあったのです。それも数々の演奏会や楽劇に積極的に接し、多くの視察旅行をしつつ、肉体的にも精神的にも休まることのない年月の中、新しい芸術的価値を発見し続けるという努力の日々を経て、彼女は音楽的自己変革を苦難の末に成し遂げたのでした。

 ペヤチェヴィチの芸術遺産は57番までの作品番号が記録され成り立っています。これらのほとんどの作品が保存されています。彼女は若さ溢れる小品、つまり、ピアノ曲、ヴァイオリン曲、初期の独唱歌曲といった作品を発表した後、厳格な構造を持った室内楽や管弦楽の楽曲へと体系だって作曲を進めました。ヴァイオリン・チェロ・ピアノの為のトリオを2曲、チェロとピアノの為のソナタ、ヴァイオリンとピアノの為のソナタも2曲、さらに2曲の弦楽四重奏と1曲の弦楽五重奏を書き上げました。管弦楽曲としては、独唱と管弦楽のための3つの歌、協奏曲風幻想曲、序曲、ピアノとオーケストラのための協奏曲、そして交響曲嬰ヘ短調作品41を作曲しました。

 ペヤチェヴィチの初期の作曲−ピアノの小品や、独唱歌曲、ヴァイオリンとピアノの為の短編−には彼女のロマン派を理想とする精神が見うけられました。そして近代芸術が花開いたまさにその時代、ペヤチェヴィチ自身も成熟期に入りました。1890年〜1920年のエネルギッシュな新時代の精神が、彼女の作品に刻み込まれているのです。そうして近代芸術の偉大なる指導者達と同様、彼女も一人の洗練された新時代の知識人となりました。彼女は自分の芸術に、一方で精神の高揚を吹き込み、他方で自分の感性や、自然との遭遇と対峙といった、彼女なりの世界も植え付けていったのです。彼女は読書で研究したり、あちこちへ旅行したり、あるいは出身の美しい田舎町に身をゆだねたりしながら、それらを原動力に、内面の抑えがたい衝動に駆られて、常に新しいインスピレーションを獲得し続けたのでした。

          《原文:Zlatan Srzic 訳:Tp森 '99-7-7 Ver.2》

【フルオーケストラの為の交響曲嬰ヘ短調作品41】

 この交響曲はドーラ・ペヤチェヴィチの管弦楽作品を代表するものです。初版の作曲は1916年初頭から始められ、1917年8月25日に完成しました。1920年に仕上げられた第2版(今回演奏版)で、ペヤチェヴィチは初版のいくつかの部分を圧縮し、終楽章において大幅な改作と楽器編成の拡充を行いました。
 ペヤチェヴィチのオーケストラサウンドはロマン派の伝統が基盤となっています。その濃密に積み重ねられた豊満なサウンド、そして感情に訴える旋律、力強い音のグラデーション(ダイナミクス)、これらすべては主に弦楽器を中心に表現されます。同時に彼女なりの管弦楽法(オーケストレーション)を生かし、管楽器(中でもしばしばソロを演奏する木管楽器)の個性を十分に発揮させた息遣いを感じさせるのです。金管楽器はがっちりとした立体的な質感や、曲の輝き、ドラマチックな緊張感などを得るために活躍します。


【第1楽章:Andante maestoso】

当団の演奏(約11分(2.5MB):MP3モノラル形式)

 この楽章は出だしが劇的な緊張感で開始され、それに導かれた冒頭の4小節の曲想と、それ以降の曲想とが全く逆の性格を持つところに特徴があります。
ドラマチックな冒頭に対して、最初のAllegroのテーマはまったくさりげなく進みます。2番目の叙情詩的な情感溢れるテーマといい、その後は美しい曲想の連続なのですが、楽章全体としては冒頭の強烈で中核的な表現の「固定観念」にとらわれ続けるのです。


【第2楽章:Andante sostenuto】

当団の演奏(約9分(2.0MB):MP3モノラル形式)

  この楽章の冒頭のメイン主題は哀歌風に仕上げられています。このメロディーの独特な音程の進行は、まるで古いロシア旋法のようです(M.P.ムソルグスキー作曲歌劇「ボリス・ゴドゥノフ」の前奏曲に含まれるテーマの一つが心に浮かびます。)。さらに、この楽章の終結部で同じメロディーが再現される場面は、なかなか印象的です。(この交響曲の終楽章でもこの主題は形を変えて再現します。しかも最後を飾るマーチのリズムに乗って高らかに演奏され、全曲を締めくくるのです。)
 この楽章で特に魅力的なのは、モチーフの展開のされ方と管弦楽法です。モチーフの断片が様々な楽器の音色で反射し、色彩感がとても豊かです。言い換えると、1つのテーマをいくつにも分割し、木管楽器群がソロで交代しながらテーマをつなぎ合わせていく場面や、テーマと対旋律とが優美な対話を奏でる場面がたくさんあるということなのです。


【第3楽章:Scherzo molto Allegro】

当団の演奏(約5分(1.1MB):MP3モノラル形式)

  第2楽章が瞑想的で叙情的な表情だったのとまったく正反対に、このスケルツオには踊りと躍動の気分が目一杯、込められています。また、細かく不規則なステップターンを堪能する「祭り」のような雰囲気に溢れており、この楽章の優れた楽器用法やモチーフの演奏方法には驚かされるばかりです。
 この楽章で多用される弦楽器のピッチカートは大変重要な役割を果たしています。ピッチカートが光りきらめくような質感と、乾き切った雰囲気をこのスケルツオにもたらすのです。弦楽器がカンタービレやヴィブラートで歌うところは短いトリオだけに限られています。
 また、打楽器アンサンブルを拡大させていることと、シロホン、シンバルによる演出が、この楽章におけるオーケストレーション上の工夫や絶妙な美しさを感じさせているのです。特によく考えられているのはトリオでホルンが奏する信号のような短い効果音で、この部分は何回も繰り返されます。


【第4楽章:Allegro appassionato】

当団の演奏(約7分(1.5MB):MP3モノラル形式)

  終楽章では英雄的な力強い音が連続して演奏され、終結部の有終の美へと必然的に導いています。曲の終わりに向って、管楽器の数が増えていきます(ホルン4本→6本。トランペット2本→4本)。この新たな楽器構成による音の輝きの中、前の3つの楽章の部分部分の回想が再現されるのです。終結部では、緩徐楽章の主題がしっかりと強調されます。まさに音楽の全てが統一された力強いマーチのリズムに包み込まれるのです。

          《原文:Zlatan Srzic 訳:Tp森》
 

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