第29回定期演奏会プログラム・ノート


(第29回定期演奏会パンフレット表紙)


ハチャトゥリアン

「仮面舞踏会」よりワルツ

ハチャトゥリアン(1903-1978)は、グルジアに生まれたアルメニア人で、民族色豊かな環境の中、身近な民族音楽に親しんでいたことが、彼の音楽性の原点になっています。

この作品は、ロシアの詩人レールモントフの同名の戯曲のために作曲されたもので、1939年に上演されました。そして、1943年に組曲に編曲、翌年にモスクワで初演されました。組曲は、帝政ロシアの貴族社会を舞台に、エネルギッシュで力強い“ワルツ”、ロマンチックな“ノクターン”、華やかな“マズルカ”、叙情的な“ロマンス”、色彩感溢れる“ギャロップ”の5曲から構成されています。

本日は、この組曲の中から“ワルツ”を演奏します。ゴージャスでミステリアスな仮面舞踏会の雰囲気をじっくりとお楽しみ下さい。

上川畑良子(ファゴット)

チャイコフスキー

ヴァイオリン協奏曲
ニ長調 作品35


ヴァイオリン独奏:
大谷玲子


チャイコフスキーの音楽は「演歌」である。しかも並大抵な演歌ではない、ド演歌である。あんなきれいなメロディーが演歌?と思われる方もいるかもしれないが、本来チャイコフスキーの音楽とはもっとドロドロとしていて、激しく、ロシア民族に古くから伝わる踊りのリズム、民謡が盛りだくさんに散りばめられているものである。ロシア版演歌といったところであろうか。これがヨーロッパで演奏されるとなんとも美しく、ロマンチックな音楽になってしまう。このヨーロッパ版が我々がよく耳にするチャイコフスキーの音楽なのである。

またチャイコフスキーは大変律儀な人であると言える。それもそのはずだ、かれは27歳まで法務省の役人として働いていた役人である。それが音楽に専念したいと、当時としてはエリート職である法務省を辞め、ペテルブルグ音楽院に入学、そこで徹底的に音楽の基礎を叩き込まれる。彼は音楽家としては珍しく楽器があまりできない人であったという。頭でっかちの知識だけで音楽を書くものだから、ごまかす術も知らなければ、奇想天外の展開もない。実に基本に忠実で「律儀」な曲を作っている。この律儀な曲の構成がプレーヤーにも聴衆にも安心感を与える。

そんなチャイコフスキーは数々の名曲を作っているが、その中でも今回皆様にお届けする「ヴァイオリン協奏曲」は世界3大ヴァイオリン協奏曲の一つに数えられ、あまりにも有名な一曲である。この曲はラロのスペイン交響曲(ヴァイオリン協奏曲)に触発され、ヴァイオリニストのコテックのアドバイスのもと、1878年の春、わずか一ヶ月で書き上げられた。しかしこの曲が世の日の目を見るためには時間がかかった。最初に演奏を依頼したアウアーには「演奏不可能」と断られ、作曲から3年後にブロドスキー独奏、ウィーンフィル(指揮:ハンス・リヒター)により初演がされたものの「悪臭を放つ音楽」と酷評を受ける。しかし、初演したブロドスキーはこの酷評にも負けず、各地で演奏を続け、次第に多くの人から支持されるようになる。ついには演奏不可能といって初演を断ったアウアーまでが積極的に自分のレパートリーとして取り上げるようになったのである。

この曲のソロはヴァイオリン弾き(筆者も実は某ヴァイオリン弾きであるが)にとってはいちどはひいてみたいあこがれの曲である、がしかし、ウルトラA級の難しさゆえに、筆者含めわがオーケストラのヴァイオリニストは前述のアウアーのように「演奏不可能」と演奏を断らざるを得ない。

われわれのこぶしの効いた伴奏とソリストのみずみずしい音色が気持ちよく調和し、皆様を心地よい世界にお連れできれば演奏家冥利につきると思います。

植原行洋(ヴァイオリン)

ブルックナー

交響曲第7番 ホ長調

ヨーゼフ・アントン・ブルックナーは1824年9月4日、オーストリア東南部、スイスチロル地方にほど近いアンスフェルデンという小さな村に生まれました。彼は当初、教育の道を志しますが、幼少期からの無類の音楽好きが高じ、27歳の頃には、小学校の補助教員としての資格のまま、村に近いザンクト・フローリアン修道院の専任オルガニストとして活躍するようになります。この、オーストリアの豊かな自然に抱かれた荘厳華麗なバロック様式の教会と、そこに響く聖歌隊の合唱、オルガンの響きはそのまま、彼の心の原風景として以降の彼の音楽を強く特徴づけることになります。

敬虔なカトリツク教徒であるブルックナーはその後、近郊のリンツ大聖堂のオルガニストも勤め、やがて44歳でウィーンに出るまで、この地方部市での教会オルガン奏者としての生活にこだわります。

そうしたブルックナーの、初めての大成功曲となったのが今回の交響曲第7番。初演当時、実に60歳。聴衆は熱狂的に応え、これによりブルックナーの評価はようやく不動のものとなったといいます。

音楽の都ウィーンの洗練された華やかな音楽とは一種無関係ともいえる彼の音楽は、素朴で無骨な一方、温かさや、雄大さ、荘厳さを感じさせます。ブルックナーの曲を演奏するのはお祈りに近い感覚があります。そこには自然の営みと豊かな風景があり、全曲通じ、そこに息づく大きなカの存在を予感させてくれるのです。

この7番は全楽章通じ、伸ぴやかなメロディーと心地よいリズムにあふれた美しい曲です。
見えないが確かにそこにあるもの・・・どうぞこゆっくり、そうした予感を感じつつ楽しんでいただげれぱ幸いです。

1楽章:アレグロモデラート
霧の様な弦のトレモロで始まり、チェロを主体とした雄大なメロディーが奏でられます。大音響からの一瞬の静寂が夢か現実かの区別を一瞬失わせます。

2楽章 :アダージョ「非常に厳かに、そして非常にゆっくりと」
ほんとうに悲しいときというのは実はこういうものではないだろうか。そんなことを考えさせてくれる楽章です。この楽章の作曲中ブルックナーは彼の敬愛するワーグナーがもはや長く生きられないのではないかという予感を抱き、彼の弟子にその思いを伝えたといいます。ワーグナーの構想に基づき作られたというワグナーチューバが、象徴的に響きます。

3楽章:スケルッツォ「非常にはやく」
3拍子のリズムを楽しんで下さい。まるで地球全体が鼓動し、響くように・・・
中間部のトリオは牧歌的な印象。ふと気が休まる気がするのは私だけでしょうか。

4楽章:フィナーレ「動きをもって、しかし速くなく」
小刻みな転調とテンポの変化、大音響と静寂の繰り返しで、夢かうつつか、天国的な印象を持ちます。ラストは全曲を通した冒頭の主題を使用した壮大なもの、天上のブルックナーの微笑まん事を。

津田英二(ヴィオラ)