オペラ「蝶々夫人」に先行する作品

目次

1.原作

2.登場人物

蝶々さん
ピンカートン
領事シャープレス
ゴロー
ヤマドリ
ピンカートン夫人
スズキ
蝶々さんの息子
ボンゾ

3.道具、シーンなど

結婚に至る経緯
結婚式
改宗
月の女神
家に鍵

タバコ
駒鳥
ヤマドリ再婚計画
ピンカートンの手紙
花を飾る
化粧
障子に穴
ピンカートンを待つ期間
ピンカートンの手切れ金
子供の引き取り交渉
自害の決意
短刀
自害の決行


1.原作

オペラ「蝶々夫人」の大元となった原作は、アメリカ人の作家、ジョン・ルーサー・ロング(1861〜1927)が、1898年にニューヨークの文芸雑誌「センチュリー・マガジン」に発表した小説「蝶々夫人(Madame Butterfly)」です。

オペラ化に至る前に、この作品は戯曲に書き換えられています。やはりアメリカ人のディビッド・ベラスコ(1853〜1931)がロングの協力の下、2週間で書き上げた「蝶々夫人〜日本の悲劇(Madame Butterfly : A Tragedy of Japan)」(1900)です。ベラスコの戯曲では、オペラの1幕にあたる部分が省略されています。この作品はアメリカで大ヒットした後、イギリスにも渡り、そこでプッチーニの目に触れることとなったのでした。

1900年4月28日、「トスカ」のイギリス初演を見るためにこの地を訪れていたプッチーニは、たまたま入った「蝶々夫人」の舞台が終わるや、楽屋にベラスコを訪ねていき、劇のすばらしさを絶賛した上でオペラ化の話を持ちかけました。オペラ化の許可が正式に下りたのは1902年で、台本作家のルイージ・イリッカ(先に同じく日本を舞台にしたオペラ「イリス」の台本を手がけている)、詩人で劇作家のジョゼッペ・ジャコーザ、出版者のジューリオ・リコルディらと協力してオペラ「蝶々夫人(Madama Butterfly)」の台本を仕上げました。

オペラ「蝶々夫人」初演(1904年2月17日、ミラノスカラ座)は散々な評判でした。
そこで、「愛のテーマ」や「さよなら坊や」といった主要な音楽を書き直したり、ピンカートンにアリア「さらば愛の巣よ」を追加したり、指揮者トスカニーニらの助言により大幅なカットを行ったり、といった改訂を3度繰り返し、現在ある形になりました。詳しく述べますと、ミラノ初演版ブレッシャ再演版ロンドン版パリ版という4つの版が存在する(あるいは、した)のです。本稿ではミラノ版を初演版パリ版を現行版として話を進めます。
また、上記の作品のそれぞれの訳は、新潮社の「新潮オペラCDブック10 プッチーニ/蝶々夫人」収蔵の物を参考にしました。

2.登場人物

では、各版の違いを見ていきましょう。

蝶々さん

ロングの小説では、父親は西南戦争の時に天皇側に付いたが、何らかの理由で自害し、母親もなく、祖母に育てられたことになっています。死の年、つまり日清戦争勃発の年、1894年(とは明記していないのですが、状況から推定される)に17歳であったとしています。Madame Butterfly、もしくはCho-Cho-Sanと、ピンカートンらは呼んでいます。「踊りが少しできますから、食べていけます」とは語っていますが、実際に芸者であったとは言っていません。小説の中では、踊りの他に、三味線を弾いて歌ったりもしています。積極的に英語を学び、アメリカン・ジョークを口にしたりもする、かなり活発な女性として描かれています。

ベラスコの戯曲では、父親は天皇に仕える侍であったが、戦に敗れて自害し、踊りの嗜みのあった蝶々さんは芸者になった、としています。また、父の死後は祖母と暮らしていたことが語られています。Madame Butterfly、もしくはCho-Cho-Sanと、ピンカートンは呼んでいます。もと芸者だけあって、歌ったり、踊ったりします。

オペラでは、蝶々さんはオマラ(大村(現在の長崎県大村市)の出身で、父親はミカドから賜った短刀で自決し、その後家族を支えるため蝶々さんは芸者になった、としています。母親は生きている設定です。結婚の時15歳で、その後3年ほどして自害したことになっています。ピンカートンはButterfly(ご存じの通り英語で「蝶」の意味、オペラの原語であるイタリア語では「farfalla(ファルファッラ)」です)と、親戚はCio-Cio-Sanと呼んでいます。

ピンカートン

ロングの小説では、B.F.ピンカートン中尉。蝶々さんはベンジャメーン・フランガーレーン・ピンカートンと訛っていますが、ベンジャミン・フランクリン・ピンカートンでしょう。乗務する軍艦の名前は記されていません。小説のピンカートンは、陽気で鷹揚だが気まぐれで、鈍感なところもある男として描かれています。「結婚」当初、蝶々さんの親類を「時代遅れ」と蔑み、家から閉め出してしまいます。再来日時も、蝶々さんはどうせ別の男の妾にでもなっているだろうと、会いにも行きません。

ベラスコの戯曲では、B.F.ピンカートン大尉。乗務する船はコネクティカット号。蝶々さんは、ビ.エフ.ピック・カートン大尉と訛っています。戯曲では、日本での生活の終わり頃には実際に蝶々さんを愛し始めていて、日本を去った最初の3週間というもの、気も狂いそうだったと言います。また日本を去った後、ピンカートンは蝶々さんとのことを後悔していて、再来日の時に蝶々さんの家を訪れたときには「僕にできることはこれしかない」とシャープレスにお金を預け、蝶々さんの歌声を聞くと「顔を会わせる勇気がない」と逃げ去ります。

オペラ初演版では、フランシス・ブランミー・ピンケルトン中尉となっています。船の名前はアブラハム・リンカーン号。初演版のピンカートンは日本人を馬鹿にしきっていて、結婚式の料理に蜘蛛と蝿のシロップ漬けを持ってこい!と言ったり、召使いにアホ面1号2号3号とあだ名を付けたりします。蝶々さんの親戚のことも「なんて馬鹿な奴らなんだ!」と毒づきます(この版では確かにひどい親戚ですが)。再来日の時には、涙を流して後悔をしているようですが、蝶々さんの家の近くまでくるとシャープレス領事にお金を預け、「さらばだ、時が解決してくれるだろう」と言い残して去っていきます。後悔しているとは言っても、軽率の感は拭えません。
現行版では、ベンジャミン・フランクリン・ピンケルトン。日本人を蔑視する表現は大幅にカットされています。再来日の時も「自分の過ちは、自分の過ちだ。この苦痛から逃れることは一生無いだろう!」と深く反省しています。そして、有名な「さらば、愛の巣よ」が歌われます。

領事シャープレス

ロングの小説では、副領事とも領事とも呼ばれています。ピンカートンが日本を去って久しいのに連絡がないので、蝶々さん自らがアメリカ領事館に出向いていき、そこで始めて二人は出会いました。蝶々さんはただ領事様と呼びますが、小説の最後の方でピンカートンの正妻により、はじめてシャープレスという名があかされます。小説の中の領事は、善良ではあるが、どことなく頼れない(名前通りシャープさに欠けた)男として描かれています。蝶々さんが始めて尋ねたときは居眠りをしていましたし、蝶々さんに自分は30歳だというのですが、蝶々さんは本当はもっと下だろうと思い込みます。シャープレスは蝶々さんを傷つけまいといろいろとうそを言いますが、どれも最後までつき通すことができません。蝶々さんは領事に向かい何度も繰り返し、「あなたは世界中で一番いい方ですわ」と言っています。この台詞は後の作品ではシャープレスが手紙を読むところで生かされています。

ベラスコの戯曲では、ピンカートンの船が日本沖に戻ってきたときに、ピンカートンからの手紙を携えて領事の方が始めて蝶々さんの家を訪れます。小説と違って能動的に動き、問題解決に取り組む領事として描かれています。小説にはなかったゴローやヤマドリとの接触も、この戯曲で始めてあらわれました。

オペラでは、ピンカートンが結婚をするときから、シャープレスは立ち会っています。そして、その時に、二日前にに蝶々さんが領事館を訪れていることが明かされます。領事は最初から、「彼女は本気だ、注意しろ」と、ピンカートンの浮ついた気持ちに対して注意を促します。
ピンカートンが去るにあたっては、蝶々夫人の家の家賃の面倒を引き受けます。
しかし、ピンカートンがアメリカで結婚し、再来日した際には、蝶々さんをヤマドリに再嫁させ、子供をピンカートン夫妻に引き取らせるように腐心することになります。蝶々さんがそれを受け入れることさえできれば、それが最良の道と考えての苦肉の策です。声の調子だけで蝶々さんがピンカートンに本気で恋をしていると見抜いたシャープレス領事のこと、この策がうまくいく確率は低いと察していたことでしょう。しかし、同じアメリカ人として、ピンカートンの犯した罪を償うために精一杯の努力をしたのです。

ゴロー

仲人と呼ばれていますが、実態は女衒(ぜげん)、人身売買を生業としています。
蝶々さんは「ラシャメン」として「外人」に売られたのです。正式な結婚の形を取っているのは、蝶々さんを騙したのでしょう。当時は外国人と結婚した女性には戸籍が与えられなかったのです。つまり、いくら書面にサインをしたところで、そんな物は無効なので、ゴローとしては、いつでも反古にできるのです。
また、明治時代には貧しい家の娘や、さらには拐かされた娘が売春宿や紡績工場に売り払われる、ということが広く行われていたのも事実です。

ロングの小説ではゴローは、年寄りのナカウド(仲人)とされています。愚鈍な人物と描かれていて、嘘をついてヤマドリと結婚させようとしたのを蝶々さんに見破られ、すごすごと退散します。ピンカートンとの結婚生活の中で、蝶々さんは「進歩的」な物の考え方を身につけていたのです。

ベラスコの戯曲ではゴローの名前はあらわれず、仲人のじいさんとだけ呼ばれています。ここでははっきりと3ヶ月だけ結婚する人を捜していたと書かれています。蝶々さんが短刀でゴローを脅し、家から追い出す、というシーンは戯曲で始めてあらわれました。ヤマドリから聞いた話としてゴローが、アメリカでは生まれの確かでない子は相手にされない、という話を噂としてながしていたということをスズキが聞きつけ、蝶々さんに話したからです。
戯曲では、ヤマドリとの結婚話を進めるため、蝶々さんとピンカートンを仲違いさせようと、ゴローがケイト夫人に蝶々さんの子供のことを話した、と言う設定になっています。ヤマドリとシャープレスの話を横で聞いていて、夫人が来日していることを知ったからです。

オペラでのゴローは、金に意地汚い、卑屈な小悪党として描かれています。小悪党とはいっても、そのせいで蝶々さんは命を落とすことになったのですが。

ヤマドリ

ロングの小説では、ヤマドリ・オキョーと記されています。もと殿様の大金持ちで、お城と千人の召使いを召し抱えていることになっています。アメリカによく行く、ということですが、どうやらアメリカに住んでいて、たまに日本に旅行で戻ったときに「かりそめ」の結婚・離婚を繰り返しているようです。2回結婚して2回離婚している、とゴローが明かします。小説では、蝶々さんに向かい、アメリカ人と日本人の間の子供がアメリカでは悲惨な暮らしをしているという作り話をするのはヤマドリということになっています。しかし、このあからさまな嘘が蝶々さんにばれて、ヤマドリとゴローは家から追い払われます。

ベラスコの戯曲では、ヤマドリ公はニューヨークでシャープレス領事と面識があることになっています。日本に帰るたびに新しい愛人をつくり、もう8人以上になると蝶々さんに指摘されると、あなたとは正式に結婚する、と答えます。このように、小説と戯曲では、ヤマドリはピンカートンの陰画のような存在なのです。

オペラのヤマドリは、へんてこだけどお金持ち、と紹介されます。たくさんの女と結婚した、と本人が語っていますが、人数は明らかにされていません。たくさんの別荘と召使いがあって、オマラ(大村)に公爵館を持つと、ゴローが説明しています。

ピンカートン夫人

ロングの小説では、名前はアデレイドです。小説では、ピンカートンの軍艦が長崎に着いた1週間後に客船で長崎に着き、そこで夫と再会しています。その後、ピンカートンが神戸に行っている間にアデレイドは蝶々さんの家を訪ね、スズキと蝶々さんの息子に出会い、この子供を引き取る決意をします。丁度その時、蝶々さんはアメリカ領事館を訪れていて留守だったのです。神戸の夫に、子供を引き取る旨、電報を打ってもらおうと領事館を訪れたアデレイドは、そこで蝶々さんと遭遇します。そして、蝶々さんはピンカートンがアメリカで結婚していたことを知ったのでした。
アデレイドは蝶々さんに向かい、「まあかわいいオモチャさん、私にキスしてちょうだい」といいます。しかし、子供を引き取ることについては、彼女に同意を求めようともしません。はやく電報を出してくれ、と領事に頼むのみです。日本人蔑視とも取れますが、蝶々さんと夫とのことを正式な関係であったと認めてしまうと本妻としての自分の誇りが揺らぐと感じての、防衛的な行動であったとも取れます。ピンカートンを本気で愛しているアデレードにとって、夫を信じるためには蝶々さんを無視することが必要だったのです。また、彼女をそうさせた理由は他にもあるのです(後記)。

ベラスコの戯曲では、夫人の名前はケイトになっています。結婚して4月だそうです。長崎に客船で来ていたケイト夫人に、ゴローが蝶々さんのことを告げ口します。ピンカートンがシャープレスに語った話によると、ケイトも最初はひどく悩んだが、最終的に子供を引き取る決意をした、ということです。そして、ピンカートンに、そのことをちゃんと蝶々夫人に話すように頼んだのでした。しかし、ピンカートンは蝶々夫人の声を聞いただけで逃げ出し、遅れてきたケイト夫人が直接蝶々さんと話をすることになりました。そしてやはり、あなたはオモチャであったと告げます。ただし、戯曲ではこの台詞は、だからあなたには何も責任がないのだ、という文脈の中で語られます。それに対して、蝶々さんは、「私はオモチャではなくて、ピンカートン夫人...今はただのチョチョサンですが、オモチャではありません」と、自覚した一人の女としての自分を主張します。続く台詞の中で、「あなたは世界で誰よりも幸せな方」という、オペラにもあらわれる台詞がみられます。15分後にまた来てくれと言われ、戻ってくる最後のシーンでケイト夫人は、ためらう夫を引き連れて蝶々さんの家に帰ってきます。このように戯曲のケイト夫人は、気丈で愛情の深い女性として描かれています。

オペラ初演版では、現行版に比べてケイト夫人と蝶々さんの会話が長くなっていました。まず、ケイトの方から私が知らずにあなたを不幸にしてしまった、と詫びているのです。そして、自分が1年前に結婚したことを告げ、愛情を持って育てると約束し、蝶々さんに子供を渡すよう頼みます。さらに、握手を求めるのですが、蝶々さんがこれを拒絶します。
これらの緊張した場面を、現行版ではシャープレスが代弁することになっています。そのせいで、ケイトのキャラクターは目立たなくなっています。

スズキ

ロングの小説では、スズキはまだ少女の召使いとして描かれています。最後のシーンでアデレイド夫人が蝶々さんの家を訪ねたら誰もいなかった、とありますので、蝶々さんが自害したあとの始末はスズキが付けたのでしょう(違う解釈も後で記します)。

ベラスコの戯曲のスズキには、オペラとほぼ同様な役割が与えられています。蝶々さんの置かれている現状を蝶々さん本人以上によく理解しているのですが、蝶々さんに一心に仕える健気な女性です。ピンカートンとシャープレスが交渉のために蝶々さんの家を訪れるシーンでは、一足先にシャープレスの姿を見つける、という役割にとどまっています。

オペラのスズキは、シャープレスから、子供をピンカートン夫妻に手渡すよう 蝶々さんを説得する大役を頼まれます。スズキはそれを引き受けるのですが、それより先に蝶々さんが起きてきて、シャープレスの姿を見つけてしまいます。

蝶々さんの息子

ロングの小説では、Troubleと名付けられています。困難、とか苦悩、の意味です。ピンカートンの船が帰ってきたときにJoy、喜び、と改名されました。まだ髪の毛の薄い赤ん坊で、金髪に青い目をしています。どうやらピンカートンが去ってから帰ってくるまで1年たっていないようです。蝶々さんが喉を突いた後で、スズキがこの子をそっと部屋に入れ、つねって泣かせて蝶々さんの注意を引きます。

ベラスコの戯曲では、改名は小説同様、入港時に実行されています。また、その意向はピンカートンの手紙をもって現れたシャープレスに事前に伝えられています。ピンカートンが去ってから2年がたっている、という設定ですので、蝶々さんの息子も立って歩いています。蝶々さんが自害する際には、スズキが後押しして息子を蝶々さんのもとに駆け寄らせています。蝶々さんは息子の手に星条旗を持たせると、屏風の裏に隠れて喉を突きます。

オペラでは3年が過ぎたことになっていますから、赤ん坊と言うよりは、子供になっています。名前は、シャープレスには、今はDolore(悲しみ)だけど、パパが帰ってきたらGioia(喜び)に変わる、と告げていますが、これが本当のことか、ただの比喩かわかりません。自害のシーンでも、2歳か3歳になっている子供ですから、ある程度理解力もあるということなのか、蝶々さんは息子に最後の別れを長々と告げます。

ボンゾ

この人物はオペラで始めて登場します。プッチーニが、蝶々さんの改宗が彼女の運命を変えた大きなポイントであるように設定したことから必要になったキャラクターです。親戚達のもとにももう戻れないということを強烈に印象づける、重要なキャラクターです。
ちなみに、ピンカートンが「もったいないよ、君のきれいな涙は、ボンゾ達には」というところでBonziと複数形になっていることからも分かるように、個人名ではなく一般名詞で、僧侶のことを指しています。坊主か、凡僧か、坊さんか、なにかの音訳でしょう。

3.道具、シーンなど

結婚に至る経緯

ロングの小説では、後に蝶々さんがシャープレスに語ったところでは、祖母と暮らしていた蝶々さんは、踊りができたので芸者になってもいい、また、祖母を養うためならしばらく誰かに囲われてもいい、と思っていたところ、ゴローからアメリカ人と結婚する話を持ちかけられた、といいます。最初は外国人は野蛮で獣だから嫌だと言っていた蝶々さんですが、会ってみて一目で好きになりました。そして、結婚して幸せになったと語っているのです。

ベラスコの戯曲でも、結婚の経緯は蝶々さんの口によってシャープレスに明かされます。父親の死後落ちぶれた蝶々さんは芸者になりました。そして、祖母の暮らしが楽になるのなら、しばらく誰かの囲われ者になってもいいと考えていました。そこに仲人がアメリカ人と3ヶ月間結婚する人を捜している、という話を持ってきたのです。蝶々さんは始めアメリカ人は野蛮人で獣だから嫌といいましたが、親戚にアメリカ人は金持ちだからしばらく我慢したらどうだ、と言う人がいて、しぶしぶ受け入れます。そのあとでピンカートンにあって蝶々さんは一目で好きになります。そして結婚したというのですが、劇の冒頭近く(オペラでいうと「ある晴れた日に」の入るあたり)で語られるところに寄りますと、ピンカートンとは3ヶ月ではなく千年万年変わらずにいようと結婚の契約を交わしましたので、蝶々さんは正妻になったと信じ切っています。蝶々さんとピンカートンが互いを気に入ったのを知った仲人が、値段をつり上げるために一生の契約をするようピンカートンをそそのかしたのでしょうか。

オペラの初演版では、ボンゾが帰ったあとの愛の二重唱の中で、蝶々さんはゴローから結婚話があったときのことをピンカートンに話します。落ちぶれて芸者になった蝶々さんは、誰かが望むのなら囲われ者になってもよいと考えていました。そこへゴローがピンカートンとの結婚話を持ちかけました。最初はアメリカ人など、野蛮でクマンバチで嫌だと言っていましたが、一目会ったときから好きになったといいます。しかし、現行版では最初は嫌だと言った話がカットされています。
初演版先行作品小説戯曲)の話を見ると、外国人の妾になるのを嫌がる蝶々さんを騙すために、ゴローがピンカートンと結託して、これを本物の一生続く結婚と見せかけたようなのですが、現行版ではあたかもピンカートンが芸者としての蝶々さんを見初め、蝶々さんもピンカートンが好きになり、ゴローを介して水揚げしたように見えます。
現行版では、もともと囲われ者になってもいい、と思っていた蝶々さんが、本当の結婚をした、と誤解した(もっと言えば、騙された)という要素が欠落していて、どうも芸者に戻るぐらいなら死ぬ、とまで思い詰めるまでの起伏に乏しい感じがします。

結婚式

ロングの小説では提灯や旗を手に持って、ぞっとするほどの人が集まった、と記されています。日本に住んだことのないロングにはこの程度の描写しかできなかったのでしょう。

ベラスコの戯曲オペラで言えば2幕以降の部分ですから、結婚式は描かれていません。ただ、親戚一同はこぞって結婚を押し進めたのに、いざ結婚してしまうと縁遠くなったと書かれています。

オペラの最初の、蝶々さんが友達と坂を上ってくるシーン以下は、ピエール・ロティ(フランスの小説家)の小説「お菊さん」(1887)を参考にしています。作家のロティはフランス海軍中尉として来日し、17歳の少女を召使いとして契約し、同棲した経験があります。実際に入籍はしていないのですが、自分のこの体験をもとにした小説の中では入籍したことになっているのです。

オペラ初演版では、結婚式が始まる前から、親戚達が酒を飲んだり歌ったりして大騒ぎする様が描かれています。つまり、蝶々さんを金持ちの外国人に娶せて、そのおこぼれをちょうだいするという親戚一同の魂胆が如実に描かれていたのです。
現行版では、(数分間に渡って)親戚が痴態を演じるシーンのほとんどがカットされて短縮化されているため、宴席になった途端にボンゾが現れて、蝶々さん絶縁の場面になるという、突拍子もない展開になっています。恐らく
(初演版で長すぎると言われた)第1幕を何とか短くするための苦肉の策だったのでしょう。
(その一つの例として、飲んだくれの蝶々さんの叔父ヤクシデが、酔った勢いで蝶々さんを口説くなど目立って痴態を演じるシーンもありましたが、現行版でカットされたため、ヤクシデは「酒はどこだ?」と探し回るだけの、ピンカートン夫人以上に目立たないキャラクターになってしまいました。)

改宗

ロングの小説には、ピンカートンと蝶々さんの親戚が宗教について議論する場面があります。親戚達は、ピンカートン流のやりかた(蝶々さんを家に閉じこめて、親族の祭事にも会わせてくれない)では、蝶々さんの死後、霊が復活できない、というのです(往生、もしくは成仏できない、のことでしょう)。蝶々さん自身、キリスト教に関心を持っていて、死ぬ直前にキリスト教に改宗しようか、などと思っています。しかし実際、喉を突いた後で「慈悲深い観音様、お助けを」と叫んでいます。すんでの所で日本人に回帰したのです。

ベラスコの戯曲では、蝶々さんは登場のシーンから神棚に祈っています。でも、アメリカの神様にもお願いしてみようか、とシャープレスらに話します。ピンカートンがあるとき神の名を唱えたとき、即座に問題が解決したことがあって、アメリカの神を無邪気に信じているのです。

オペラ初演版では、蝶々さんが結婚式の前に、伝導会に行き、キリスト教の教えを受け入れてきたこと、先祖の信仰を捨てることを、仏像はお払い箱にする、とはっきり述べています。この時に自殺のテーマが流れ、悲劇的な結末を予想させています。
現行版では、先祖の信仰を捨てたことは明記されていません。ただ、仏像のことを「先祖の魂」と言ったのとほぼ同じメロディーで、「私の愛しい人」と歌います。先祖の魂の代わりにピンカートンを第一の存在として受容したことを、間接的に示しているのです。

月の女神

ロングの小説で、ピンカートンは蝶々さんのことを「月のお姫様」と呼びます。あるいはロングはどこかでかぐや姫の話を知ったのかも知れません。

ベラスコの戯曲では、蝶々さんは息子のことを「月の女神が天の橋からつかわした子供」と呼んでいます。

オペラでは蝶々さんがピンカートンに向かい、「私は月の女神に見えるでしょうか」と聞きます。

家に鍵

ロングの小説では、ピンカートンは999年契約で家を借りるとすぐに、あらゆる扉にアメリカ式の鍵を付けました。

ベラスコの戯曲では、ピンカートンが立ち去るときに鍵を付けたとも、結婚の時に鍵を付けたともとれる書き方になっています。

オペラでは、日本を去るときに、家賃の支払いをシャープレスに頼むとともに戸に鍵を付けたようです。

シャープレスが家の外で靴を脱ぐシーンは、ベラスコの戯曲から取り入れられました(ロングの小説ではシャープレスの方から蝶々さんの家を尋ねてはいないのです)。しかし、戯曲ではシャープレスは靴を脱いだまま家に上がり、座布団に座っています。
これに対し、
オペラではシャープレスは2回蝶々さんの家に上がっている(3度目の来訪では家に上がっていない)ので、一回目は外で靴を脱ぎ、二回目は蝶々さんのすすめで「アメリカ人の家だから」靴を履いたまま家に上がっています。

タバコ

続くシーンでベラスコの戯曲では、蝶々さんがシャープレスにピンカートンのタバコを勧めます。これを吸ったシャープレス領事は、すっかり味が無くなっていると一人ごちます。このことで作者は、ピンカートンの想い出がこの家の中で風化してきていることを表現しているのです。

オペラのシャープレスは味覚が鈍いのか、我慢強いのか、黙ってタバコを吸っています、さらに1年古い物のはずなのに。

駒鳥

ロングの小説では、ピンカートンは駒鳥が巣を作る頃に帰ってくる、と言い残し去っていきました。そして、春になり、駒鳥がやってきたので、蝶々さんはスズキに巣を作っていないか見に行かせます。しかし、巣を作っていないので「もっと家庭的な駒鳥はいないのかしら」とこぼします。

ベラスコの戯曲でもこの部分はほとんど同じです。ただ、劇の一番最後に、駒鳥の話が有効に使われています(後記)。

オペラでは、駒鳥は話題になり、オーケストラがその鳴き声を模しこのページでその音楽が聴けます)はしますが、実際に姿が現れた、という描写はありません。
蝶々さんがシャープレスに、アメリカでは駒鳥はいつ巣を作るのか尋ね、シャープレスが、鳥類学を学んでいないのでわからない、と答えるところは3作品に共通しています。

ヤマドリ再婚計画

ロングの小説では、ゴローが蝶々さんをヤマドリと再婚(というか、妾としての「旦那」がかわる)させようとしますが、失敗に終わります。後に蝶々さんは領事館に出向いていってシャ−プレスにこのことを話し、ピンカートンに「蝶々夫人は金持ちのヤマドリと再婚してしまった」と嘘を言って、驚かしてやってくれと頼みます。そうすると驚いて飛んで戻ってくると思っていたのです。領事は実際にその話をピンカートンに言ったのですが、話したらピンカートンは喜んでいた、という結果は蝶々さんにいうことができませんでした。これらのことが、しばらく後にアデレイド夫人が子供を強硬に連れて行こうとした原因のひとつになったのでしょう。つまり、アデレイド夫人は蝶々さんを「そういう女」と勘違いしたわけです。

ベラスコの戯曲では、ゴローは蝶々さんをヤマドリと結婚するよう薦めるため蝶々さんの家にあらわれました。そこで、ヤマドリがたまたま居合わせた旧知の領事と話をするうちに、ピンカートンの夫人が長崎に来ていることが話題になります。それを知ったゴローはピンカートンと蝶々さんの間を決定的に仲違いさせるために、ケイト夫人に蝶々さんと息子のことを密告します。

オペラでは、蝶々さんと息子がそれぞれ経済的に満たされた状態で生きていくために、蝶々さんがヤマドリと結婚することと、子供をピンカートン夫妻が引き取ることをシャープレス領事自らが押し進めているように思われます。現実問題として蝶々夫人にはお金がもう残っていないことを、家賃のことをピンカートンから任されていたシャープレス領事は知っていたのです。ピンカートン来航前にシャープレス領事が蝶々さんを訪ねたとき、まだ登場していないヤマドリのテーマが流れることが、ヤマドリの問題に領事が一枚噛んでいることを示唆しています。

ピンカートンの手紙

ベラスコの戯曲で始めて、ピンカートンの手紙が現れます。戯曲のピンカートンは手紙で蝶々夫人の近況を探って、困ったことになっていないか調べて欲しい。そしてこちらの困った状況をショックを与えないように伝えて欲しい。自分も実際日本を去った後は2ヶ月ぐらい気も狂いそうになった、と知らせてきます。シャープレスが、手紙の内容に大喜びする蝶々さんに読むことができたのはそこまででした。困ったことになっていないか、とは子供が産まれていないか、で、困った状況というのが彼の結婚であるとはとても言えなかったのです。

オペラのピンカートンはもう少し脳天気です。手紙には、蝶々さんはもう僕のことを忘れているでしょう、と書いています。そして、もし僕をまだ愛しているのなら、彼女がショックを受けないように貴方からうまく伝えてください、と続けます。手紙の言葉に一喜一憂する蝶々さんを見て、シャープレスが読めたのはここまででした。蝶々さんは、ピンカートンの姿を突然見たら、ショックで死んでしまうかも知れない、と思っていますので(「ある晴れた日に」の中でそう歌っています)、ピンカートンがそのことを気遣ってくれているのだと勘違いしているのです。

軍艦の来航

ロングの小説では、蝶々さんは、1年が過ぎたのでもうそろそろピンカートンが帰ってくる頃だと信じて疑っていません。駒鳥が来ているというのに帰りが遅いので、領事館に出向き、いつ帰ってくるのか聞きます。すると領事は軍艦がやってくることを蝶々さんに知らせます。清国との戦争の可能性を探るため、ピンカートンの船を含むアメリカの軍艦が9月1日頃、長崎に集結する、というのです。そして、9月17日になって待ち望んだ軍艦はやってきたのでした。つまり、小説では蝶々さんが海を眺めていたのは2週間ちょっとのことなのです。

ベラスコの戯曲では、蝶々さんはちょっと物音がしても軍艦ではないか、と海の方ばかり気にかけて暮らしています。人と話をしていても上の空です。そして、ゴローを短剣で脅して退散させた直後に礼砲がなり、軍艦が入港するのはオペラと同じです。

オペラでも蝶々さんは海ばかり眺めて暮らしています。スズキにピンカートンの帰りのことを信じさせるために歌う有名なアリア「ある晴れた日に」では、船が入港するさまが歌われています。「礼砲がなるわ」と歌う部分では、大太鼓とコントラバスがかすかな音で大砲を模倣します。そして、実際に入港する所では大音響で大砲の音が鳴ります。

花を飾る

ロングの小説で、スズキと蝶々さんが、ピンカートンの帰る日のことを楽しく想像します。その一つに、桜の枝を切ってきて部屋に飾り、提灯を千個買ってきてつるし、お祭りのように賑やかに飾る、ということが語られます。そして、実際に軍艦が入港したときには、9月ですので桜の花はありません。そこで、庭の菊をみんな切って部屋を飾ったのです。

ベラスコの戯曲では、鉢植えの花を切って、屏風でつくった部屋を飾った、とあります。そして、夜が明けた後にバラの花の花びらをちぎって撒くのです。
それが
オペラになると、庭中の花を摘んで部屋に振りまいた、となるのです。美しい「花の二重唱」の場面です。

化粧

ロングの小説では、蝶々さんが化粧をしたいというと、スズキは、今は寝ることが美しくなることだ、と諭します。でも蝶々さんは寝てなどいられないと言ってスズキに化粧をさせます。 そして、ここで眠りたくないと言ったことが結末の重要な伏線になっているのです。

ベラスコの戯曲でもここまでは同じですが、その後で息子にもひと刷毛、紅をさします。

オペラでも蝶々夫人は化粧をし、息子に紅をさすのですが、現行版では、眠りたくないと言う話はカットされています。

障子に穴

ロングの小説では、楽しい想像のシーンで、障子に二つ穴を開けて、ピンカートンが帰っていても隠れていよう。そして、「永遠に行ってしまいました。サヨウナラ。 蝶々」と置き手紙をし、ピンカートンがびっくりする様を見て楽しむ、といっています。そして軍艦がやってきたときには、計画通り二つの穴を開け、子供のためにも下の方に一つ穴を開け、隠れて待ちます。

ベラスコの戯曲では、ピンカートンの帰りを待つのに、障子に3つの穴を開けてずっと見ておくという設定になっています。これはオペラにもそのまま引き継がれます。

ピンカートンを待つ期間

ロングの小説では、何日待ってもピンカートンはやってきません。1週間たった日に、客船が一隻入港します。そして、次の日に蝶々さんはその甲板でピンカートンらしき人物が女性と腕を組んでいるのを目撃します。そして次の日には軍艦が出航してしまったのです。そこで、あわてた蝶々さんは一人で領事館に出かけていきます。そしてそこで偶然、アデレード夫人と出くわすのでした。

ベラスコの戯曲では、眠らずに夜を明かした蝶々さんが二階に上がって船を見ている間に、ピンカートンらがやってきます。ベラスコはこの夜を表すのに、14分の沈黙部分をつくりました。

オペラでは、一晩寝ずに過ごした蝶々さんが、スズキに促されて仮眠を取っている間にピンカートンらはやってきます。この夜のシーンに、プッチーニは美しいハミングコーラスの音楽を付けました。

ピンカートンの手切れ金

ロングの小説では、ピンカートンがあらわれないことを不審に思い領事官を訪ねた蝶々さんに、シャープレスはピンカートンから預かったお金の入った封筒を渡そうとします。しかし、蝶々さんはそれを受け取りません。アデレードと会い真相を知った蝶々さんは、逆にピンカートンから預かったお金の残りを全てシャープレスに託します。

ベラスコの戯曲では、蝶々さんの家まで来たピンカートンが、いたたまれなくなって逃げ出すときに、シャープレスにお金をゆだねます。シャープレスはそれを蝶々さんに手渡しますが、蝶々さんは、今まで使ってきたお金の残りとともにそれをケイトに返します。

オペラでは、初演版ではシャープレスがピンカートンから預かったお金を蝶々さんに渡そうとします。すると蝶々さんはいらない、必要ないと断ります。シャープレスが腹を立てて「なんて頭の悪い頑固者なんだ」と文句を言います。シャープレスが腐心してきた蝶々さんの経済的な安定確保の道を全て拒絶したのですから、毒づきたくなる気持ちも分からないでもありません。つまり、シャープレスは蝶々さんがもはや死ぬ気であるとまでは気付いていなかったのです。おそらくキリスト教徒であったろうシャープレス領事は、自殺は大罪だと思っていますので、芸者に戻るぐらいなら死にます、と言った蝶々さんの言葉を聞いていながら、その真意を理解していなかったのです。ここでもしシャープレスが彼女の気持ちに気付いていたら、物語の結末はどう変わったのでしょうか。温厚なシャープレスらしからぬこの発言には、そうした余韻を残す絶大な効果がありました。
ただ、このシーンも現行版への改訂によりカットされています。
(ですので、現行版では「手切れ金」は一切出てきません。)

子供の引き取り交渉

ロングの小説では、子供を明日引き取りに行くと、アデレード夫人は最初から決めていました。ほとんど交渉らしい交渉は行われていません。その意向を夫に電報で伝えただけです。

ベラスコの戯曲では、ピンカートンが逃げ出したため、妻のケイトが蝶々さんと交渉します。結局蝶々さんが折れ、15分後に引き取りに来て下さい、といいます。

オペラでは、やはりピンカートンが逃げ出したため、初演版ではケイトが、現行版ではシャープレスが交渉し、蝶々さんが折れて、30分後にピンカートンに引き取りに来て欲しいといいます。

自害の決意

ロングの小説では、アデレードにあった後、蝶々さんは家に帰ります。そして、スズキに向かい、「私に休みなさいって言ってくれましたね。私は休みます。そして、休んだ後にきれいかどうか見に来てくださいね」と告げます。自害する決意を悟ったスズキは出ていこうとしませんが、蝶々さんはスズキの手を取り、「私をこれ以上いじめないで」と障子の向こうに導きます。

ベラスコの戯曲では、眠りたくなった、という蝶々さんが自害を決意していることを悟り、スズキはいけません、いけません、とすすり泣き、その場を動こうとしません。しかし、蝶々さんに手を叩かれ、渋々出ていきます。その後で、障子を開けて息子を蝶々さんの方へ押しやります。

オペラでも初演版には、この休んだらきれいになる、という話が取り入れられていました。この台詞によって、ハミングコーラスの静謐(せいひつ:ひっそりと静まりかえった様子)と、死の静謐が対比されているわけです。
しかし、現行版への改訂でカットされました。もっとも、この台詞の前にスズキに障子を閉めてくれ、と言ってますから、自決の意志は示されてはいます。スズキに外で子供と遊んでくるように頼む蝶々さんですが、そばにいたいと行って出ようとしません。しかし、蝶々さんに強く言いつけられ出ていったスズキですが、やがて戸を開け、子供を蝶々さんの方に押しやります。

短刀

ロングの小説には、短刀の詳しい説明があります。それは親戚がくれた唯一の父の形見です。金でつくった龍が鞘を巻いています。竜の目はルビーで、口には水晶をくわえています。鍔には蛇のとぐろの細工があり、刀身は波打った焼きが入れられています。イケサダの銘が入っていて、刀身には「名誉ある生なければ、死の栄誉を得るために」の言葉が彫ってあります。

ベラスコの戯曲では、刀身に彫られた文字を除けば、形見の剣としか書かれていません。

オペラでは、ゴローの口から、蝶々さんの父親が切腹のためにミカド(明治天皇?)から賜った短刀、と述べられています。

自害の決行

ロングの小説では、こうです。死の栄誉を得るために短刀を抜き、首に刺した蝶々さんですが、体の上を流れる血を感じながらふと、疑問をいだきます。日本の人々は死に方を教えてくれたのに、ピンカートンはいかに楽しく生きるかを教えてくれた。それなのに、そのために自分が死ななくてはいけないのはおかしい、死ぬのは悲しいことだ、と。その時、スズキが部屋の中に赤ん坊を入れ、つねって泣き声をあげさせます。この声を聞いた蝶々さんは、生きる希望を取り戻し、叫びます、「慈悲深い観音様、お助けを!」スズキは急いで蝶々さんの傷を布で覆います。その後、観音様の助けで蝶々さんが一命を取り留めたのかどうかは書かれていませんので判りませんが、次の日にアデレードが来たときには、蝶々さんの家には誰もいませんでした。ピンカートンの教えてくれた自由思想をもちいて、日本旧来の夫唱婦随という考え方をうち破った、蝶々さんの夫への反逆です。

ベラスコの戯曲では、一人部屋にこもり、短刀を引き抜き彫られた文字を読んでいると、スズキの手で息子のジョイが押し込まれてきます。蝶々さんは子供を敷物の上に座らせ、手に星条旗を持たせると、屏風の後に隠れて喉を突きます。喉の傷を隠すために布を巻いて出てきた蝶々さんは、子供の所までくると、倒れるように座り込みます。そこにピンカートンが駆け付けて、蝶々さんが何をやったかに気付き、子供ごと抱きしめます。蝶々さんは子供の手に持った旗を揺らしながら、「駒鳥が巣を作らなかったのがいけないのです」とつぶやき、絶命します。

オペラでは、短刀の文字を読み、喉を突こうというところに息子が現れ、蝶々さんは短刀を取り落とします。そして、「さようなら、坊や」の歌が始まります。この歌の歌詞の最初は、Tu, tu, piccolo Iddio ! Amore, amore mio です。お前かい、小さな神様、愛する人、私の愛する人、という意味です。改宗の項で書いたとおり、現行版オペラでは結婚式の前に蝶々さんがピンカートンのことを「愛する人」と呼びます。その直後に自殺のテーマが流れるのですが、この「愛する人」も同じ言葉、Amore mio ! なのです。息子が小さな神様なら、ピンカートンこそが神様で、その裏切りのために蝶々さんは死ぬのです。しかし、その死はまた、小さな神様である息子を生かすための、誇りある死でもあるのです。
歌い終えると蝶々さんは息子の片手に星条旗を、もう一方の手に人形を握らせ、遊んでらっしゃい、と行かせようとします。しかし行かないので息子に軽く目隠しをし、自分は屏風の後に入り、喉を突きます。屏風にかけてあったさらし布を首に巻き傷を隠した蝶々さんが、床をはってあらわれます。そして、子供のそばに倒れます。遠くからピンカートンの「Butterfly!」と呼ぶ声がし(3回繰り返される)、やがて蝶々さんの部屋にやってきます。蝶々さんは弱々しく子供の方を指さすと、そのまま息絶えます。