ヴィオラ・ダモーレ
オペラ「蝶々夫人」の第2幕第1場の最後に、有名なハミングコーラス(←リンクをクリックすると音楽が聴けます!)の場面があります。ピンカートンの船の来航を知った蝶々さん達が、明日の再会を期待しつつ過ごす期待に満ちた夜の、静かなシーンです。
このシーンで、コーラスの伴奏としてメロディーを演奏する楽器として、ヴィオラ・ダモーレが指定されています
さて、聞き慣れない楽器ですが、どんなものなのでしょう?

<名前の由来>
ヴィオラといえば、現在ではヴァイオリン属の中でアルト−テノール音域を担当する楽器です。
しかし、1500年前後のイタリアでは、弓で演奏する楽器全般を指す言葉でした。
そこで、ある特定の楽器を指すには、ヴィオラの後にいろいろな言葉を付け加えて表現しました。
例えば、今のヴィオラは腕のヴィオラ、という意味の「ヴィオラ・ダ・ブラッチョ」今のヴァイオリン「ソプラノ・ディ・ヴィオラ・ダ・ブラッチョ」、という具合です。このような命名法は18世紀頃まで続きました。
そして、その中には今で言うヴァイオリン属には含まれない弦楽器もありました。問題のヴィオラ・ダ・モーレは、そんな楽器の一つです。
ヴィオラ・ダモーレとは、Viola d'amore、つまり、「愛のヴィオラ(弓奏弦楽器)」という意味です。

<主な構造と演奏の歴史>
ヴィオラ・ダモーレの名前が最初に見られるのは、1679年のジョン・イーヴリンの日記とされています。そこではこの楽器は、5本の金属弦を持つヴァイオリン型の楽器で、リラのように演奏されています。

以来、ヴィオラ・ダ・モーレと呼ばれる楽器には二つの型が見られます。一つは17世紀に演奏された小型の楽器で、金属の弦を持ちますが、共鳴弦はありません。ところが、17世紀の終わりから18世viola d'amore紀に用いられたヴィオラ・ダ・モーレは大型化し、共鳴弦を備えています。

共鳴弦とは演奏者が実際にひく弦とは別個に張られる弦で、まさに共鳴するために用いられます。アラビア系の楽器にはこの共鳴弦は広く見られます。たとえば、アラビアのカマンジャ・ルーミー、トルコのシネ・ケマン、インドのシタールなどは皆、共鳴弦を持っています。ヴィオラ・ダモーレがこれらの楽器の影響を受けたことは、響孔(楽器の表板に空いた穴。ヴァイオリンならf字孔)がイスラムの象徴である燃え立つ剣の形になっていることからも伺えます。

共鳴弦付のヴィオラ・ダモーレに関する現存する最古の記述は1732年にヨーゼフ・マイヤーが記した「音楽博物館」ですが、1756年には、レオポルド・モーツァルト(アマデウスの父)が「夜の静けさの中で美しく響く特殊なヴァイオリン」と記しています。レオポルドはまた、この楽器に幾通りもの調弦法があったことを記しています。実際、18世紀の初期には、この楽器は曲によって違う調弦がされていました。しかし、18世紀の終わりにはニ長調でA-d-a-d'-f#'-a'-d''と調弦されるのが普通になりました。(楽器の裏にある)共鳴弦は、これと同じか、オクターブ高く調弦されました。

ヴィオラ・ダモーレ18世紀には宗教音楽から世俗音楽まで広く用いられました。現在でも、テレマンやJ.S.バッハの曲が知られています。
しかし、19世紀にはいると人気が衰え、あまり用いられなくなりました。
ところが、19世紀末から20世紀冒頭にかけて、この楽器の人気が再燃しました。これは、パウル・ヒンデミットら演奏家兼作曲家の努力や、ルイ・ファン・ヴァーフェルヘム、ヴァルター・フォークトレンダーら著名な演奏家の活動と、古楽器演奏を支持する聴衆層の関心が支えたものでした。
20世紀の作曲家でヴィオラ・ダモーレを用いた例としては、プッチーニの「蝶々夫人」以外では、ヒンデミットの「室内楽第6番」ヤナーチェクの「シンフォニエッタ(原典版)」プロコフィエフの「ロメオとジュリエット」などがあります。

<今回のオペラでの演奏>
さて、ここまで説明してきたヴィオラ・ダモーレですが、日本国内では一般的な楽器にはなっていません。楽器や奏者の確保も容易ではありません。
そこで、「蝶々夫人」を演奏するときには、ヴァイオリンで代用されます。
我々の演奏会でもご多分に漏れず、ヴァイオリン奏者が代わりに弾きます。
ここまで読んできてこの楽器に興味を持たれた方、我々の演奏会で実際に聴けると期待をされていましたら、申し訳ございません。