扇子
結納の品にも含まれ婚礼に際しても手に持たれる扇子
おめでたい席では、末広がりの形から縁起を担いで末広と呼ばれます。
しかしそもそも扇子は神聖なものなのです。

扇子の起源に関しては諸説あります。
しかし、沖縄の蒲葵扇
(ほきせん)が関わっていることは間違いありません。
蒲葵
(びろう)シュロの仲間の木で、台湾から沖縄、九州にかけて分布しています。中でも沖縄では御嶽(うたき。神道における神社に相当)の神木とされ、その葉を乾燥させて形を整えた蒲葵扇神事で用いられます
蒲葵扇の名は古くは続日本紀の中に現れます。
宝亀五年(777年)の条で、渤海国の使節が帰国する際、檳榔扇10枚を贈ったとあります。
檳榔樹と蒲葵は本来別の植物(ともにヤシ科)ですが、古くから混同されています。
奈良時代には貴族達の間で実用品として蒲葵扇は広く用いられていたようです。

蒲葵扇の普及に伴い、南方原産の蒲葵の葉は供給が追いつかなくなり、代用品が生み出されます
折り畳みが効いて
蒲葵扇はシュロの葉のように「扇状」にひだがあって、折り畳めるのです)軽量という特徴を持つように、ヒノキの薄片をつなぎ合わせた檜扇が発明されたのです。
平城宮跡からは明らかに蒲葵扇の形を模した檜扇が出土しています。
その後、紙漉の技術の発展もあり、中国の団扇の影響もあいまって、竹の骨に紙を貼る、現在のスタイルの紙扇が発明されました。

扇子(紙扇)平安時代から京都で盛んに生産され(いまでも五条大橋の横に扇発祥の地の石碑が建っています)日本中に広がっていきました。
扇子はまた、中国に盛んに輸出されました。そして中国はこの扇子をヨーロッパに輸出しました。
つまり、扇子を通じて日本とヨーロッパは結ばれていたのです。
この扇子の輸出は室町時代まで続きました。

こうして広まった扇子は、神事、芸能、日常生活のあらゆる面に浸透しました。そして、本来蒲葵扇がもっていた神聖性も扇子は受け継いでいます
ですから神霊の依代
(よりしろ。神霊が顕現する媒介となるもの)となり、悪霊を祓う力を持つとされるのです。
(そのためか、扇子の元となった蒲葵扇はいまもって修験者
(日本古来の山岳信仰と密教系仏教が合わさって生まれた修験道の行者)の携帯品の一つともなっています。)

花嫁衣装の白無垢は、本来は神に仕える姿です。
古代から神をまつるのは女性であり、結婚式とは花嫁が一旦神に仕えてから人間の女性として戻ってきて妻となる、という儀式でした。
ですから、依代となる扇子は婚礼の必需品だったのです。