オペラ「蝶々夫人」で用いられた日本の音楽

オペラ「蝶々夫人」を作曲するにあたって、プッチーニは当時の在イタリア公使夫人の大山久子女史から、日本文化についてさまざまな教示をうけました
なかでも、彼女の所有する日本の音楽の録音や楽譜は、大いに役に立ったようです。
これらの資料の中の旋律のいくつかをプッチーニはオペラで用いています。では、以下にその使われた音楽(日本民謡)について見ていきましょう。

(下の民謡名をクリックして頂くと、各民謡の説明項目へ行けます。)

1.越後獅子

2.君が代

3.さくらさくら

4.お江戸日本橋

5.高い山から谷底見れば

6.宮さん宮さん

7.かっぽれ

8.推量節

こうして概観してみますと、大山久子女史が実に的確に日本の歌をアドバイスしたことがわかります。
もっとも、日本ではその後に本歌の方が変化したか忘れ去られたため、かえってわかりにくくなっている例も多いようですが。

 



1.越後獅子

原曲は長唄です。
長唄とは、歌舞伎の音楽として発展してきたジャンルの一つで、語りを中心とする常磐津や清元とちがい、ストーリーよりも情景や心情の表現に用いられます。名前の通り長い唄で、「越後獅子」でも全曲を演奏するのに20分近く要します。

「越後獅子」は、篠田金次作詞、九世杵屋六左衛門 作曲で文化8年初演の七変化舞踊の一つです。

そもそも「越後獅子」とは、越後の国から江戸に出稼ぎに出てくる角兵衛獅子のことです。親方に率いられた子供や若者が家々を回ってアクロバティックな踊りを披露し、門付けをもらう様は江戸の正月の風物詩となっていました。
長唄「越後獅子」はその様を模した風俗舞踏です。

長唄「越後獅子」では、役者は頭に獅子の面を着け、お腹に太鼓を着け、一本下駄か草履を履いて曲芸のように踊りますが、なんと言ってもクライマックスは長いたすきを新体操のリボンのようにぐるぐる回す場面です。

さて、「越後獅子」の歌詞を見ますと、越後にどうやら新婚らしい妻を残してきた若者が、ふるさとのことを案じる、といった内容です。

こちらで「越後獅子」の一部を聞くことができます。

<オペラ「蝶々夫人」
での使われ方>

   こちらのページで音楽が聴けます。

有名な前弾きではなく、4番目の合方(間奏)の部分と、それに続く唄の部分(俗に町屋の合方と呼ばれ、歌舞伎の世話物などで演奏される部分)が用いられています。
最初に出てくるのは、第1幕の始め頃蝶々さんが芸者になった身の上を語る場面です。「大きな樫の木も風で折れる」と歌う部分の旋律は、後に悲劇的な主題として何度も現れます(第2幕第2場の冒頭等)。

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2.君が代

日本の国歌です(もっとも、国歌と定められたのはつい最近ですが)。
歌詞は古今和歌集に詠み人知らずで載っている「大君は 千代に八千代に 細石の 巌となりて 苔のむすまで」を改作したもので、薩摩琵琶でおめでたい唄として歌われていたものです。
ここでは「君」とは「大君」から「恋人」にすり替えられています。西郷隆盛はこの薩摩琵琶版「君が代」を愛唱したとか。
国歌としては、最初は軍楽隊のイギリス人音楽教師、ジョン=ウィリアム・フェントンが作曲し、明治3年に初演されましたが、不評であったといいます。

その後、同じ歌詞を用いて明治13年、公募により新しく選ばれたのが林広守作曲の、今の「君が代」でした。雅楽の楽器編成で、雅楽の音階「律調」でかかれたこの曲に、ドイツ人音楽教師フランツ・エッケルトが和声を付けたのが、今の「君が代」の姿です。

こちらで「君が代」の歴代のヴァージョンの音楽と楽譜、詳しい歴史を見ることができます。

<オペラ「蝶々夫人」での使われ方>

   こちらのページで音楽が聴けます。

第1幕前半蝶々さんの親戚一同が、婚礼の席に現れる場面第2幕第1場で夫が3年間も帰ってこないのは離婚と同じだというゴローに対して、蝶々さんが「日本の法律では・・・(そうかもしれないがアメリカの法律は違う)」と反論する場面で、旋律の一部が用いられます。

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3.さくらさくら

江戸古謡とされていますが、刊行物として世に出たのは、明治13年発行の、文部省音楽取調掛撰「箏曲集」が始めのようです。この曲集の中では曲名は「桜」となっています。

当時歌われていた歌詞は「咲いた桜、花見て戻る、吉野は桜、竜田は紅葉、唐崎の松、常磐常磐、深緑」というものだったようですが、明治期に今の歌詞に代えられたようです。「さくらさくら」の題名は、昭和16年の唱歌の教科書で採用されたものです。

<オペラ「蝶々夫人」での使われ方>

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第1幕前半蝶々さんがピンカートンに、持ってきた小物類を振袖の中から取り出して見せる場面で演奏されます。

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4.お江戸日本橋

明治4年頃、江戸で流行った唄で、本唄の「はねだ節」は以下のような歌詞だったそうです。

「おまえ待ち待ち 蚊帳の外 蚊に食はれ 七つの鐘の鳴るまでも コチャカマヤセヌ コチャカマヤセヌ」

流行歌なので、歌詞のバリエーションも色々あったらしく、コチャエ節と括られます。

<オペラ「蝶々夫人」での使われ方>

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第1幕前半
婚礼(挙式直後)の場面で唐突に現れます
(挙式(結婚証明書へのサイン)のあと、友人達に「今から蝶々夫人ね」と言われたのを受けて、蝶々さんが「(蝶々夫人じゃなくて)B.F.ピンカートン夫人よ」と訂正する所です。)

「お江戸」と思って聞くと唐突にしか聞こえないですが、「はねだ節」と思えば、いじらしい女心を表しているともとれます。
もちろん、日本人以外には唐突でもなんでもないのですが。

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5.高い山から谷底見れば

明治2年頃に流行った唄で、さまざまな歌詞で歌われていたようです。「ギッチョンチョン」とも。

「高い山から谷底見れば、ギッチョンチョン、ギッチョンチョン、瓜や茄子の花盛り、イヤオヤマカドッコイドッコイ、ドッコイヨウイヤサア、ギッチョンチョン、ギッチョンチョン」

「お前一人と定めて置いて、ギッチョンチョン、ギッチョンチョン、浮気や其の日の出来心、イヤオヤマカドッコイドッコイ、ドッコイヨウイヤサア、ギッチョンチョン、ギッチョンチョン」

<オペラ「蝶々夫人」での使われ方>

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第2幕第1場の冒頭、スズキが蝶々さんのために祈る場面で用いられます。


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6.宮さん宮さん

明治元年頃流行った曲で、「トコトンヤレ節」とも。官軍の志気を高めるために歌われたといいます。

<オペラ「蝶々夫人」での使われ方>

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第2幕第1場中盤で登場
するヤマドリ公のテーマとして用いられています。
明治維新の動乱を泳ぎ切った大金持ちの元藩主の公爵(ロングの原作の設定)ゆえに、このテーマが用いられているのでしょうか。もしくは、薩長土肥の元藩主という設定でしょうか(オマラ(長崎県大村市)に大きな屋敷があるということから、大村藩主の流れを汲む者である可能性が高い)。原作のどこにもその説明はありません。
もっとも、これも日本人以外には違和感を感じる人はいないでしょうが。

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7.かっぽれ

「かっぽれかっぽれヨーイートナヨイヨイ 沖の暗いのに白帆が見ゆる ヨイトコリャ あれは紀の国ヤレコノコレワイノサ(ヨイトコリャサ) みかん舟じゃェ(サテみかん舟)

みかん舟じゃ さー見ゆる(ヨイトコリャサ)あれは紀の国ヤレコノコレワイノサ(ヨイトコリャサ)みかん舟じゃェ

(サテ)豊年じゃ満作じゃ  明日は旦那の稲刈りで 小束に絡げてちょいと投げた

投げた枕にとがはないオセセノコレワイサ尾花に穂が咲いた この妙かいな

ねんねこせねんねこせ ねんねのお守は何処行った あの山越えて里行った

お里のおみやに何もろった でんでん太鼓に笙の笛 寝ろてばよー寝ろてばよー

寝ろてばー寝ないのか この子はよ」

後半の歌詞にみえますように、なんと「かっぽれ」はもともと子守歌なのです。にぎやかな子守歌もあったものです。

かっぽれの踊りは文化文政年間に大阪の住吉大社の境内で踊られたのが始まりといわれています。それが江戸へ移り、江戸は浅草で今も伝わる伝統の江戸芸、かっぽれとなりました。

<オペラ「蝶々夫人」
での使われ方>

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後半に出てくる、いわゆる豊年節のメロディー(この豊年節の2番の部分が子守歌)が用いられます。
蝶々さんの息子ドローレのテーマ
で、蝶々さんは実際にこのメロディーを子守歌として歌います

ただ、上記の旋律より前に、このメロディーの変形パターンが、第2幕第1場の後半部で、蝶々さんが「E questo?(この子は?)」と叫んで息子ドローレをシャープレスの前に初めて連れ出してくる場面で、主に高音部の管弦楽器(ピッコロ、フルート、ヴァイオリン等)によって、(上記の演奏部分に比べると)やかましいほどの大音量で演奏されます。

(その音楽はこちらのページで聴けます。)

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8.推量節

明治20年頃流行った唄。

「竹になア、アラスイリヨウスイリョウ、雀はチヨイト 品よく止る、サイヨササノサ、止めてコリヤサ止まらぬジツ恋の道、ヨウイヤサヨウイヤサ、サイトアリヤサコリヤサアトセセノセ、アラスイリヨウスイリョウ」

<オペラ「蝶々夫人」での使われ方>

   こちらのページで音楽が聴けます。

止めて止まらぬ恋の道、ということで、蝶々さんの死のテーマとして用いられます。
オペラの最後にユニゾン(全管弦楽で同じ旋律を演奏)で強奏されます。

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