歌劇「蝶々夫人」の人物像
−主要登場人物−


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(シャープレスのテーマ)

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<シャープレス>
   "軽薄"と"純情"の間で苦悩する心優しき領事

長崎に駐在しているアメリカ領事(当時の長崎は神戸と同様に日本の対外窓口の一つであった)で、異国人(蝶々さん)と戯れの結婚をしたピンカートンの「軽薄さ」をたしなめる一方で、戯れの愛ですら純粋に信じる蝶々さんの「純情さ」に感動し、何かと世話を焼こうとする心優しい人です。
それ故、ピンカートンからの手紙の内容(内容は恐らく離婚通知)を何も知らない蝶々さんに言うことが出来ず、大きく乖離している二つの感情の間で悩むことになります。

シャープレスの年齢については、総譜や台本のト書きにも特に指示等ありませんが、バリトン歌手がその役を歌うことや、父的な感情で蝶々さんに接したり、若いピンカートンの行動をたしなめるところから、50代以降の熟年層の人だと思われます。

<オペラ歌手に求められる演技力と歌唱力>
シャープレスには、同じバリトン歌手の歌う(ヴェルディのオペラ「椿姫」に出てくる)ジェルモンのように目立ったアリアもなく(ジェルモンには「プロヴァンスの海と陸」という有名な歌がある)、だからといってプッチーニの前作「トスカ」に出てくるスカルピア男爵のような強烈な個性(スカルピア男爵は強烈に残忍で狡猾な性格)もないので、ピンカートンと同様、蝶々さんほどの目立った演技力や歌唱力を必要とはしないでしょう。
ただ、領事としてのそれなりの威厳と、父親的な優しさを醸し出すことは必要でしょうが・・・
ちなみにこの当時のオペラで、主要人物としてバリトン歌手が「いい人」役で登場するのはそうそうないことでした(大概ヒーロー(テノール)とヒロイン(ソプラノ)を引き裂こうとする悪役が多かった)。



<長崎のアメリカ領事館>

蝶々さんがいた当時(19世紀末の明治中期)の長崎のどこにアメリカ領事館があったのかは確認できませんでしたが、1860年に建設された領事館職員の宿泊所(現:十六番館(グラバー園を下った所にある))があったのは事実です。
ちなみに旧アメリカ大使館と言われる東山手12番館
(現:長崎市旧居留地私学歴史資料館)は、その当時にも建物として存在してましたが、どうもその時はまだプロシア(当時のドイツ)領事館だったようです(大正時代にアメリカへ譲渡された?)。
もし、シャープレスが1860年建設の領事館職員宿泊所に住んでいたとしたら、蝶々さんのいた(と想定されるグラバー園付近の)丘の麓にあったわけですから、そこから丘の頂上まで上っていくのは、
(オペラの内容そのままに)さぞかし大変だったでしょう。


<蝶々さんの愛息をピンカートン夫妻に引き取らせた理由(あくまで予想ですが)
第2幕第2場で、蝶々さんが寝ている早朝に、シャープレスはピンカートンと共に蝶々さんの家を訪れ、侍女のスズキに、ピンカートンの真実(アメリカでの本当の結婚)と、息子ドローレを(本当の)ピンカートン夫妻で引き取りたい旨を伝えるようにお願いします。
あれだけ蝶々さんを気遣っていた(蝶々さんの家賃を肩代わりし、ピンカートンの手紙を持ってきた)領事が、なぜ蝶々さんが愛して止まない息子をその手から引き離して、アメリカへ連れて行こうとしていたのでしょう?

その理由としては、もちろん劇中で言っていた「子供の未来の保障」(アメリカでの豊かな生活と高度な教育)が主な理由でしょうが、そうせざるを得ない状況として以下のことが推測されます。

@在長崎領事の任期切れの後を懸念した。
現在でもそうですが、外交官は死ぬまで任地にいるわけでなく、赴任後数年経てば本国へ帰国するか、次の任地へ転任するかのどちらかです。
そういうことで、当然シャープレスも蝶々さんの面倒をいつまでも見られるわけでもなく、親類縁者と絶縁し、(絶好のパトロンとなり得た)ヤマドリ公も相手にせず、ピンカートンとも別離しないといけない、全く孤独な蝶々さんには、もはや幼い息子を養える程の財力すら無くなるのは明白です。
となれば、「芸者に戻るぐらいなら死を選ぶ」とまで叫んだ蝶々さんのことだから、最悪の場合、息子と無理心中すらしかねないと思ったのでしょう。

A日清戦争による世情悪化を懸念した。
ピンカートンのところでも触れましたが、第2幕の当時(1894年頃)は日清戦争中にあって、極東情勢がどうなるか判らないような状況でした。
もし、「眠れる獅子」と称された清の海軍(当時は世界屈指の海軍力を誇っていた)が、(当時の予想通り)日本海軍を殲滅して、日本本土へ攻め込んだ場合、日本の対外窓口の一つで、大都市の一つであった長崎を蹂躙するのは明白でした(だからアメリカ海軍は自国の権益を守るべく艦隊を派遣したのです)。
となれば、蝶々さん親子には、生活どころか命の危険すらあったわけです(その時はシャープレスも帰国せざるを得ないでしょう)。