神々の誰ぞ彼?〜アメリカ編
アメリカの神様、と蝶々さんが呼ぶのは、キリスト教の神、God、Lordです。では、そのアメリカの神様は、異国の嫁をどのように扱うのでしょう?

キリスト教の旧約聖書*1「ルツ記」という短い章にその答えがあります。

*1:旧約聖書
キリスト教では「古い契約(旧約)に基づく聖なる書」という意味で、イエス・キリストにより更新された「新しい契約(新約)」による聖書(新約聖書)と対比して表現される。
「旧約」とは、往年の映画「十戒」で有名なイスラエル人指導者モーセ(紀元前1525?-1406?)が、約60万人のイスラエル人を引き連れて、エジプトからカナン(現イスラエル)に向かう際に、アラビア半島南部にあるシナイ山で神との間に交わした契約(神を信仰する人間が守るべき約束事)で、石板に刻まれた「十戒(神が与えた10の基本的な戒め)」もその一部である。
ちなみに、この書はユダヤ教、イスラム教でも別の名で経典となっているが、その構成には微妙な差があり、ユダヤ教、イスラム教で、ここで話題にする章がどう扱われているかは未確認。

ベツレヘム(エルサレムの南方の都市でイエス・キリストの出生地としても有名)出身の女、イスラエル人のナオミ(日本的な名前ですね。「快い」という意味の名前です)はイスラエルの民が士師(英語ではJudgeです。映画「ジャッジ・ドレッド」のジャッジはこれを意識していると思うのですが、如何?)と呼ばれるリーダーに導かれていた時代*2の人です。

*2:士師(しし or さばきのつかさ)の時代
旧約聖書の「士師記」で描かれている時代で、紀元前1373年(最初の士師オテニエルの登場)〜1044年(初代イスラエル王サウルの登場)頃であったと考えられている。
上述の士師は「士師記」において12人(古代イスラエル12部族から各1名ずつ)登場するが、その中には、映画やサン=サーンスのオペラになった「サムソンとデリラ」の話で有名なサムソン(パレスチナ人の祖であるペリシテ人からイスラエル人を救った)もいる。

カナン(当時のイスラエルの呼び名)一帯を襲った飢饉に追われ、夫と息子二人とともに異教徒
(ケモシュという神を信仰している)の地、モアブ(現在のヨルダンにあった死海の東にある都市)に逃れました。しかしそこで彼女は夫を亡くします。その後、二人の息子はモアブの娘と結婚しますが不幸は続き、二人の息子も相次いで亡くなります。

そうこうするうちに、イスラエルの民の間の飢饉が治まったという噂が届き、ナオミはベツレヘムに帰る決心をしました。二人のモアブ人の嫁に対し彼女は、新しい夫をこの地で見つけ、幸せに暮らしなさい、といいました。ですが、長男の嫁、ルツは、「あなたの行かれる所へ私も行き、あなたの住まれる所に私も住みます。あなたの民は私の民、あなたの神は、私の神です」(ルツ記1章16節:この言葉は今日でもキリスト教式の結婚式によく使われている)と言って、ナオミに従います

ベツレヘムに着いたナオミを見つけ、旧知の人達は声をかけました、「まあ、ナオミではありませんか」。
それに対して、ナオミは答えました、私をナオミと呼ばないで、マラと呼んでくださいマラとは「苦しみ」という意味の名前なのです。


さあ、ここです。

「蝶々夫人」にも名前を違って伝える場面
がありますね。
シャープレスに息子の名前を伝えるシーン
です。
「答えておあげなさい、僕の名前は”悲しみ(Dolore)”、でもお父様がお帰りになったら”喜び(Gioia)”に変わるって」というところです。

プッチーニが手にしたベラスコの原作の戯曲では、同じ台詞のところに「日本の赤ん坊はよく名前を変える」という台詞があります。これは幼名のことでしょう。そのまた元の、ロングの小説では、子供の名前は今は「茶目(トラブル)」だが、ピンカートンが帰ってきたら本当の名前を付けてもらう、とし、茶目にはいい意味も悪い意味もあるのだ、と解説しています。そして、ピンカートンの部屋を花で飾るシーンでは、「今日からこの子の名前を喜び(ジョイ)にしよう」と言っています。

民俗学者兼博物学者の南方熊楠(みなかたくまくす)によると、日本には、幼時に魔物に魅入られないために、悪い意味の名前を付ける習慣があったそうです。例えば、牛若丸や日吉丸の丸(マリ=大便に通じます)。

そういうわけで、これは日本の習俗を写した物だったのですが、プッチーニはそれをナオミの話のアレゴリー
(寓意、寓意像の意:抽象的な概念を具体的な事象として表現すること)にかえたと考えられます
その上で行った最大の改変が、蝶々さんのキリスト教への改宗です(ロングの原作でもベラスコの戯曲でも、蝶々夫人はキリスト教に興味は示すものの、改宗には至っていません)。

プッチーニの時代においても現代においても、日本人には「改宗」の意味するところの本当の意味は、真に理解し得ないことかもしれません。クリスマスの行事をし、正月は神社に初詣をし、葬式は仏式でやる日本人には。
しかし、一神教の世界では、改宗は人生の意味そのものになる、大きな問題なのです。

蝶々さんは「改宗」をそれほど深い物だと考えている様子はありません
一神教のキリスト教の教えを受け入れたとしながら、先祖の魂といって仏像を大事にしていますし、「日本の神様」と「アメリカの神様」を比較したりしています(プッチーニは最初、蝶々さんが教会に行って来たと告白する場面で、仏像をお払い箱にするように書いていました*3が、改訂の時に外しています)。
これでは、八百万の神のひとつのヴァリアント程度にしか理解していないとしか言いようがありません。
ここにルツの改宗と蝶々さんの改宗の間の大きな差があるのです。


*3:消えてしまった「仏像をお払い箱にする場面」
改宗の告白の終わりに蝶々さんが仏像をお払い箱にする際、「こんなもの要らないわ!」という叫びにも似た台詞と同時に蝶々さんが自刃する直前に演奏される「死のテーマ」が低音(トロンボーン+低弦楽器)で強く演奏される。
つまり、蝶々さんが先祖の霊を蔑ろにしたことが、(神罰として)自らの死に繋がったという、音楽による暗示(ここに限らずこのオペラ中ではよくこのような手法が使われている)が為されていたわけである。
これが今日演奏される「パリ改訂版」では「愛おしい御方!(Amore mio !)」という全く別の台詞に置き換わっており、音楽による暗示の意味が薄れてしまっている。


一方、ボンゾ達親戚の受けとめ方も、また違いましたキリスト教徒は彼らにとって「まつろわぬ民
(先祖の神々を信仰しない民、の意味で、古い時代の日本人にとって、異文化の象徴でした)と映ったのです。
蝶々さんとしては、共同体を捨てるつもりはなかったのですが、共同体の方は蝶々さんを切り捨てたのです。

サルダヒコの支配する日本と、「アメリカの神様」の支配するアメリカその間で孤立感を深める蝶々さん。愛する夫、ピンカートンも去り、唯一の救いは、「コマドリが巣を作る頃には帰ってくる」。その言葉。
人生の意味はどこにあるのか。


で、話を戻しまして、元異教徒であったモアブ人ルツはどうなったのか。
結局のところ、イスラエル人ボアズと再婚し、その子孫からイスラエルの王、ダビデ
*4(紀元前1041?-971?)が現れたのです。
イスラエルの民が長年待ち望んだ王が、異民族の、もと異教徒の子孫だといっているのです。
真の信仰は民族の違いを越えて神に通じると教えているのです!


*4:ダビデの家系
ダビデの家系は、古代イスラエル王国の黄金期を築いた息子のソロモン(「知恵の王」と称され、「ソロモンの秘宝」で有名なソロモン王)を経て、イエス・キリスト(紀元前6?-紀元30?)までに至ることとなる。
つまり、ルツはイエス・キリストの先祖ということにもなる


しかし、蝶々さんには、その輝かしい結末は用意されていませんでした
蝶々さんが本当に「信仰」していた神は、ピンカートンその人であり、またその分身である息子だったのです。現に息子との訣別のシーンでは、「おまえは小さな神様、かあさんの宝」と歌っています。
ここに最大の悲劇があるわけです。
添い遂げたいと思う夫に従うために、古くからの共同体と神(サルダヒコ)と訣別し、気が付けば誇りの中に死ぬ以外の選択肢が残されていなかった蝶々さん。

人々が異文化との邂逅のたびに繰り返してきたであろう悲劇
そしてそれは、これからも繰り返されていくであろう悲劇なのです。
ですから、オペラ「蝶々夫人」の悲劇は時代を超越した生命力を持ち続けるのでしょう。