(C) 関西シティフィルハーモニー交響楽団
(アマチュアオーケストラ,大阪市)

交響詩「英雄の生涯」

−曲の概要(その2)−


交響詩「英雄の生涯」の概要>


譜面上では説明書きも分割もない一繋がりの楽曲

 

 今日の多くの聴き手は、リヒャルト・シュトラウスの交響詩『英雄の生涯』を、それぞれに標題の添えられた6つの部分から成る楽曲であると認識しているが、実はこの曲の楽譜にはそうした表記はない
そのないはずの「標題」が市民権を得るにいたった背景には、この曲を聴く自らの友人たちの理解の一助とすべく、シュトラウス自身が彼らに私的に語って聞かせていた話の内容が、そののちにシュトラウスの伝記や研究書、解説のたぐいを介して広く一般に知られるようになり、いつしかそれが定説として扱われるようになった、といういきさつがあるとされる。
 

<第1節:英雄>
−輝かしい旋律と壮大なスケールで描かれる英雄の登場−

 中断をはさまず、連続して演奏される6つの部分の最初のそれは「英雄」
曲の開始と同時にまず聴き手が出会うのは、「英雄」の姿を描くといわれる「英雄の主題」という旋律である。
瞬く間に低音から高音へと駆け昇る、伸びやかで力強い音調のそれを耳にした聴き手は、雲をつくような背丈を持ち、筋骨たくましく、眼には強い光を宿した精悍な容貌の「英雄」を心に描く。
エーバーハルト・ケーニヒなる詩人は、この部分で描かれている「英雄」の印象を 、
「その胸は若々しく純な男の野望にあふれ……誠意ある意志は世界をも領土にしてしまう。輝ける額は月桂樹の冠を夢み、確信がその眼からひらめく」
と表現した。
やがてこの旋律は、英雄の「歩み」「強固な意志」「行動力」と呼ばれる音型を派生するが、その中でもとりわけ、マーチのような特徴あるリズムが印象的な「行動力」は、このあとのこの曲の要所要所にしばしば出現して、曲を新しい局面に導く

※月桂樹の冠:
  古代ギリシャのスポーツ競技会で勝利者にかぶらせ、賞讃の意の表明とした冠。
  月桂樹という樹木の枝葉を編んで作られている。「最も名誉ある地位」の象徴でもある。
 

<第2節:英雄の敵>
−無秩序で騒々しい音楽が醸し出す非難、嘲笑、反感−

 「英雄」の気勢が最高潮に達するやいなや、音楽は思いがけない突然の無音の闇へと陥り、そしてこの漆黒の静寂からは、泥水の中を蠢く醜い線虫のような、皮相で奇怪な音楽が這い出てくる
曲は「英雄の敵」を描く第2の部分へと進んだのだ。

最初に登場するフルートは「英雄」への「非難」を、すぐあとにつづくオーボエは「嘲笑」と「からかい」を、そしてテューバは「無理解と反感」を、それぞれ表現しているとされる。
心根の純粋な「英雄」は、こうした攻撃に対しても、まずはまじめに謙虚に自らを顧みようとする
ところが沈痛な音調で描かれる、そうした神妙な態度の「英雄」に接してさえも、「敵」どもは批判を止めるどころかますます増長して「英雄」を揶揄しつづけるではないか――。
「英雄」は、自分に向けられていた批判が、自分を教え導こうとするものではなく、ただ気に入らぬ相手をおとしめ、笑いものにしたいという卑しい心根から発したものであることを悟る

やがて「行動力」の主題が管楽器によって、
(ごく短くではあるが)勇壮に吹き鳴らされ、「敵」どもはなす術もなく蹴散らされてしまう
 

<第3節:英雄の伴侶>
−ヴァイオリン独奏で描かれる伴侶と愛の陶酔−
 


リヒャルトの妻・パウリーネ
(独:1862-1950)
ワーグナーの楽劇「タンホイザー」で
エリザベートに扮した当時の写真。

交響詩「英雄の生涯」が作曲者
自身のことを描いているとすれば、
「伴侶」とはパウリーネであろう。

1894年にリヒャルト・シュトラウスと
結婚したこの妻は、オペラ歌手で
彼の最初のオペラ「グントラム」で
出演したのがきっかけだった。

生まれが国軍の長である将軍の
娘であったため、性格もまさに
「将軍様」さながら
で、かなりの
自尊心と気まぐれさを持っていた

「リヒャルト、さあ作曲に向かう
のよ!」という彼女の「命令」に、
彼は肩をすくめつつ、おとなしく
作曲に取りかかったという。
 

  「敵」が荒々しく一蹴されたあとに ぽつねんと残る、涼やかなヴァイオリンの音――。

第3の部分「英雄の伴侶」は、それを象徴するソロ・ヴァイオリン(独奏ヴァイオリン)を主役とした音楽である
(この独奏は交響詩「英雄の生涯」の聴き所の一つであるが、「超絶技巧」とも言える演奏テクニックを要するため、プロの独奏者を擁しないアマチュア・オーケストラがこの曲を演奏する上での大きな壁の一つとなっている。)

無骨者である「英雄」は、はじめてみる「伴侶」のあでやかさに息をのみ、所在なげに呆然と見つめる。
やがて、低音楽器の和音で表現される、重々しくごつごつとした音調の「英雄」と、優美でしなやかな「伴侶」とが交互に現われ、2人がぎこちなく言葉を交わすさまが描写される
「伴侶」は「英雄」に、意味ありげな潤んだ視線を送り、その関心を惹こうとしたかと思うと、一転して「英雄」の無粋ぶりを嗤い、からかってみたりもする
「英雄」は「伴侶」の、そんなふざけた態度についには業を煮やし、「好きにしろ」といった感じで「伴侶」をつき放してしまう
するとようやく「伴侶」は、自らの過ぎた悪ふざけを悔い、拒絶されたさびしさにも背を押され、「英雄」の胸の中へと飛びこむ

互いに理解しあい、求めあう2人の様子を、全管弦楽が感極まった調子で表現する
同じ旋律を陶然とうたいあげる「英雄」と「伴侶」。
2人はやがて1つの音楽として溶けあってゆく。


<第4節:英雄の戦場>
−トランペットの「号令」で開始される最大の激戦−

 至福のひとときにまどろんでいる「英雄」と「伴侶」のもとに、あろうことかあの「敵」の卑屈なテーマが響いてくる
やがて彼らは合図のラッパを吹き鳴らし、郎党を集めはじめた様子
(管弦楽では、舞台裏のトランペット3本で吹かれるファンファーレとなる。)

「英雄」は陶酔から覚め、注意をそちらへと向ける。
小太鼓が打たれ、「敵」は瞬く間にその数を増やしてゆく
騒然としてくるオーケストラの響き――そしてとうとう、何種もの打楽器が醜くも狂暴な3拍子のマーチを叩きはじめた。千軍万馬の「敵」の大軍がこちらに迫る。
第3の部分「英雄の戦場」の火蓋が切って落とされたのだ。殺到するおびただしい数の「敵」。
しかし「英雄」はそれに少しもひるむことなく勇敢に立ち向かい、「伴侶」もまた、女神のように気高いその姿を現わし、戦う「英雄」を励ます。
斬り結ばれる無数の矛と矛、悲鳴のような甲冑のきしみ、軍馬のいななき、炸裂する砲弾……
(管弦楽では、これまで出た各旋律やその断片の交錯、打楽器群の乱打などで表現される。)

そして「敵」もまた、騒々しくも無力だった以前とは違い、おそろしく頑強に抵抗してくる。
この部分の音楽では、本来3拍で刻まれるはずの3拍子を、特例的に2拍や4拍で刻むリズムがしばしば出現するが、これなども思いもかけぬ場所から突然に加えられてくる、「敵」の伏兵の奇襲攻撃のようだ。

 だがこうした壮絶な戦いの情景も、次第に「敵」の主題がきれぎれになってゆき、そのなかから少しずつ、「英雄」の主題があらわれ出てくるというなりゆきをへて別の局面へと向かってゆく
はじめは「敵」の軍勢に揉みくちゃにされていた「英雄」の旗じるしが、混乱しつつ散開してゆく「敵」の群れのなかから、次第にはっきりと見えるようになってきた、といった感じか。

やがてついに、英雄の「行動力」のテーマが、全楽器のフォルティッシモでとどろく。これは「英雄」があげる勝鬨
(かちどき)の叫びであろう
全曲の最初に登場した「英雄の主題」も悠然と進み出て来、それはすぐに「伴侶」と歌い交わす愛の歌へとつながる。そして燦然と鳴り響くシンバル
「英雄」は勝利者として、その頭上に月桂樹の冠を戴いた――。

 そのあとには、大仕事をなし終えたあとの安堵感にも似た、おだやかな愉しさをたたえた音楽がしばらく展開されたあと、やがてホルンとヴァイオリンが恍惚とうたいあげる、目眩いばかりに感動的な調子の音楽が出現する
これは恋多き男の恋愛遍歴をうたったレーナウの詩に取材して、リヒャルトが1887年に作曲した交響詩『ドン・ファン』のなかの一節、長年捜し求めてきた理想の女性との恋を成就させた主人公の感激を描いたとされる部分からの引用である。
闘う自分を励まし、勝利を呼びこんでくれた「伴侶」の存在の大きさ、その情愛の深さを悟った「英雄」は、あらためて「伴侶」との絆の永遠を誓ったのだ。
音楽はこのあと、疲れた人が急速に眠りにおちてゆくように静けさの中に溶けてゆく

 続いて現われる音楽は意外にも、「英雄の敵」の部分に登場した、ぶうぶうと不満を言い立てるような「無理解と反感」のテーマで、これはよろめきながら立ち上がってくるような、不安定な印象の弦楽器の音楽を導き出してくる。「英雄」によって滅ぼされた「敵」のなかの、わずかな生き残りの逆襲を思わせ、聴き手をどきりとさせるが、このときのこれは意外なほどあっさりと去り、つぎに現われる音楽のために道を譲ってしまう
 

<第5節:英雄の平和貢献>
−過去の「交響詩」の旋律で綴られる英雄の「回想録」−

 続く第5の部分「英雄の平和貢献」は、「敵」との総力戦を終えた「英雄」が、自らの歩んできた道程を回想する、平穏な雰囲気に包まれた音楽である

2台のハープに伴奏されたファゴットが、満足気な表情をたたえて英雄の「行動力」のテーマを吹きはじめるのにつづいて、シュトラウスがこの曲以前に作曲したいくつもの楽曲の断片がつぎつぎに出現する

最初に交響詩『死と変容』、そして同じく『ドン・キホーテ』『ドン・ファン』『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』と続き、つぎにはオペラ『グントラム』、再びオーケストラ曲に戻って交響詩『マクベス』、その背後では歌曲『解き放たれて』『たそがれの夢』、そして『グントラム』が鳴っていて、続いては『ドン・キホーテ』と『グントラム』が同時に登場し、そのあとに『死と変容』と前作の交響詩『ツァラトゥストラはこう語った』が続く、といった具合に――。

この部分の音楽は『英雄の生涯』という楽曲の最も特徴的、かつ特異なくだりでありこの曲で描かれている『英雄』とは作曲者 リヒャルト・シュトラウス自身である、とする解釈が、その最大の根拠とするところでもある。

 そのあと曲は、思い出に浸るかのように絶唱調になったあと、やがて沈黙の中へと沈んでゆくが、そこにまたしても「無理解と反感」のテーマが出没し、それは――かつて聴いたときそのままの――よろめきながら立ちあがる態のあの音楽へとつながってゆくが、今度のそれはすぐにはひきさがらない。
追いすがってくる何者かをかわし、またかわしするかのような緊迫した場面が展開されるが、そこで演奏されている音楽はといえば、「英雄」を表わすそれが姿を変えたものなのであり、「敵」の姿ははっきりとは描かれない。殲滅したはずの「敵」が――「無理解と反感」のテーマが演奏されることによって――まだわずかながら残っていたことを知った「英雄」は大いに動揺し、再び闘志を燃え上がらせるものの、「敵」はもう攻めかかっては来ない、といった感じである。
「英雄」は自らがもはや、この世界での闘争とは無縁な存在となったことを悟った。
彼の荒ぶる気性が急速に鎮まってゆき、緊張からも解放されて脱力感に包まれてゆくさまを、低音楽器の崩れおちてくるような5連音符、重いものを引きずっているような高・中音域の楽器の和音が暗示する
 

<第6節:英雄の引退と仕事の完結>
−静かな音楽で締めくくられる、英雄の黄昏と最後の煌めき−

 足音のようなティンパニが響くなか、羊飼いが吹く笛のしらべに似てはいるが、どこか地に足のつかぬ、この世ならぬ霊妙な雰囲気をも漂わせたコールアングレとホルンが聞こえる――。
やがて行きついた先には、聴き手をゆったりと寛がせる、せかせかしたところのまるでない安逸の音楽が待っていた。
曲はとうとう、その最後の部分「英雄の引退と仕事の完結」にたどりついた。

ここはあふれんばかりの豊かな自然に囲まれた場所。雲がゆっくりと空を行き、風は草むらをなで、時折はけたたましい動物の鳴き声も聞こえてくる。
この曲のすぐ前の作、交響詩『ドン・キホーテ』で、羊の群れや巡礼の行列、回る風車などといったものまで巧みにオーケストラで描いてみせたシュトラウスが、ここでもその手腕を存分に利かせる。

自然を愛でている「英雄」が、ふとした折にかって戦場での日々を思い起こす。その様子は断片化した例のトランペットの旋律が描く。
本当に久しぶりに耳にする、涼やかなヴァイオリンの音色は、老境に達した「英雄」のそばに、今も以前とかわらず「伴侶」が寄り添っていることを知らせる。
(この時点で弦楽器群は全ての音を弾き終わり、曲の最後まで沈黙する。)

やがて厳粛な音調のトランペットが聴こえて来それは徐々に響きの厚みを増し、ついに管楽器・打楽器群によって目眩い頂点に達したのち、静かに彼方へと去ってゆく
(この最後の部分は、管楽器群と打楽器群のみの演奏となる。)

英雄の生涯は完結した。
彼は人生の階段を昇りきり、金色の扉を押し開けて、その向こうにあるという永遠の邦へと去っていったのだ。

 

文: 上柿 泰平(パーカッション)
構成・一部補筆: 岩田 倫和(チェロ)

2005.8.14作成

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