(C) 関西シティフィルハーモニー交響楽団
(アマチュアオーケストラ,大阪市)

フランク・交響曲ニ短調

−曲の概要(その3)−


交響曲ニ短調 曲の概要>

循環形式を用いた斬新な構成−

セザール・フランクの写真
<作曲者>
セザール・フランク
(ベルギー−フランス:
1822-1890)

−ロマン・ロランが感じた初演時の雰囲気−
聴衆のほとんどは無関心、多くの野次に対して称賛はごく少数

オルガンの様式。 規則的で力強く、こわばった展開部。
切り刻まれ、金管ががなりたてるフレーズ。
時折無味乾燥。経過部なしにfffからpppに突然移るパッセージ。
だが、幅の広さ、感情、思想は”至福”
(フランクの代表的な宗教歌曲作品)を思い起こさせる。個性がある。
ホールには3種類の聴衆熱狂的な拍手は少数多くの野次。・・・演奏中、気取った様子で耳をふさぐ聴衆たちを見た。ともあれ大多数の聴衆は無関心。』

(ベートーヴェンの作品に関する著書で有名な作家ロマン・ロランが残した日記から抜粋)

(交響曲ニ短調の基本構成)
−短い旋律(循環動機)を全楽章にちりばめた循環形式−

フランクの「交響曲ニ短調」では、旋律と呼ぶにはあまりにも断片的な、3つの短い音のパターンが、3つある楽章全てにまたがって現われ、あたかも一棟の建築が無数の小さなレンガの積み上げから成るのと同じように、この一篇の交響曲を形造っている。

こうした曲の組み立て方を特に“循環形式”、その構成要素である短いパターンのことは“循環動機”と呼ぶ
フランクの「交響曲ニ短調」は循環形式に拠って作曲された楽曲の代表とされてきた。
 

(第1楽章)
−ゆっくりとしたテンポの序奏と速いテンポの主要部からなる楽章−

第1楽章はテンポの遅い、重々しい感触の音楽ではじめられるが、その一番はじめに低音楽器が弾く、はいあがってくるような印象を与えるパターンが、この交響曲を形造る3つの循環動機のうちの第1のものである。


(第1の循環動機)

テンポは意外にも、それほどの時間を経ずに速くなり弦楽器による挑戦的な音楽が出現するが、これもまたすぐに沈静化する。

この交替劇がもう一度繰り返され、楽章はようやく本論の部分へと進む。
その部分では、木管楽器と弦楽器の合奏による、ほっとしているようなあたたかな質感の音楽のあとに、姿の美しい大きな鳥が空を堂々と進むさまを想わせる、のびのびとした印象の音楽が進み出てくるが、こちらがこの曲の第2の循環動機


(第2の循環動機)

これら2つの動機はこのあと、ソロ楽器に演奏されて宙を漂ったり、フルオーケストラで鳴り響いて演奏会場を支配したりなどして、その持てるあらゆる側面を聴かせ、音楽を前へと進ませる。

その途上では、まるで音楽が停止したかのように、長い音が真っすぐに延ばされ、その後別の局面に移る、という場面に幾度も出会うが、それを「オルガン奏者がある1個の鍵盤を押し続けて、その音を長く延ばし、その間にもう片方の手で“ストップ”と呼ばれる部品を操作し、音色を切り換えてゆく様子に似ている」とたとえた人もいる。

オルガン奏者でもあるフランクは、オーケストラの曲を作曲するときもまた、まずは頭の中のオルガンでそれを弾いてみることからはじめたのかもしれない。

この楽章はフルオーケストラの響きに衣がえした第1の循環動機で閉じられる
光に包まれるような印象を与えるその最後の音は聖歌のそれのようである。
 

(第2楽章)
−吟遊詩人の歌とエスプリ漂う舞曲が交錯する特異な楽章−
 
この交響曲を形造る3つの循環動機のうち、未だ現われずにいた第3のそれが、弦楽器とハープの伴奏に護られ、イングリッシュホルン(右写真)の音色を身にまとって姿を見せ、第2楽章ははじまる。


(第3の循環動機)

もの憂げではあるが涙を流すことはせず、逆にその古雅な音色で聴き手をあたためさえするこの旋律を聴くとき、私はかすかな微笑をその頬にうかべた、太古の時代の中東の仏たちを思いだす。

その心象と、この旋律を演奏している楽器――イングリッシュホルンハープ――が、いずれも大変古い起源を持つものであるということとは、あるいは無関係ではないのかも知れない。
 


イングリッシュホルン


イングリッシュホルン芦笛から、ハープ狩猟用の弓から生まれたといわれる。
原始の人々の、ふとした折の何気ない音の戯れの思い出が、今日を生きる我々の体のどこかに今も潜んでいて、この古風な優しい歌に声を合わせようとするせいなのかも知れない。

この古雅な旋律の演奏が一段落したあとは、ヴァイオリンが弾く、雲間から光がさしこんでくるような印象のメロディ――こちらは第2の循環動機が姿を変えたもの――に、主役の座が一時預けられたのち、速いテンポの中間の部分に入る。
この付近での主導権は、ヴァイオリンが弾く、暗闇の中にうごめく人影のようなパターンと、クラリネットが紹介する、慎ましやかな舞曲風のフレーズに託される。

やがて「人影」のパターンの上に、例のイングリッシュホルンの歌が重ねられ、楽章のしめくくりの部分へと進む。
ここではこの楽章で使われた4つの旋律全てが組み合わされる

(上写真:吟遊詩人バルドの一人、ダヴィッズ・アプ・グィリムの像)
バルド(Bard)とはイギリスの分国の一つウェールズに古代から住 んでいたケルト人の吟遊詩人(ぎんゆうしじん)で、像の人グィリムは14世紀頃に活躍した史上最後のバルドだと言われている。
吟遊詩人とは、主に写真にあるような竪琴(手持ち用の小さなハープ)やリュート系の楽器を弾きながら、いにしえの神々や英雄の物語をこの第2楽章の旋律のような素朴な歌(バラード)にして歌っていた、いわゆる「歌う詩人」である。
なお、近年映画にもなった有名な「アーサー王と円卓の騎士」の物語は、バルドを始めとした吟遊詩人によって広く伝えられたものである。また、逆にこれらの物語や詩を通じてバルドら古来の吟遊詩人の存在が現代まで伝わっている。
バルドはイギリス(大ブリテン島)のケルト人だが、古代ローマ帝国による全欧制圧以前はヨーロッパ北部領域に広く住んでいたため、吟遊詩人の歌う素朴な歌は全ヨーロッパ人の心の中に染みついていたのだろう。
ちなみに、フランクの出身国ベルギーは古代ケルト人の一部族ベルガエの名に由来しているとのこと。


(第3楽章)

−明るさと陰鬱さが交錯する壮大なフィナーレ(終曲)−

疾走する蒸気機関車を想わせる力強い音楽で第3楽章ははじめられる
すぐにチェロとファゴットが、上機嫌な人が口ずさむ歌のような、この交響曲ではじめて耳にする愉快な旋律を弾く

この楽章の主役であるこれの楽しさにつられたか、金管楽器も豊満なやわらかい和音を吹いてそのあとに続く。

ところが、そんな少々浮かれ気味な空気も、チェロとコントラバスがあの第1楽章の冒頭を思いださせるような重々しい音楽を弾きはじめ、それがやがて第2楽章の例のあの歌を呼び戻してくるうちに愁いの色に塗りかえられてしまう

これ以降は、いままでにこの交響曲に登場したほぼ全ての動機、旋律を総動員し、それらを短く切り、長く伸ばし、あるいは重ね合わせたりする一方で、違った印象を与えるリズムに衣がえさせたり、別の楽器の音色にのせかえたりもするといった、あらゆる手だてを尽くした千変万化の音楽が開陳されてゆく
なかでも圧巻は、かつてはイングリッシュホルンの古雅な音色を身にまとっていた、あの第2楽章の女王が、うってかわって金管楽器の甲冑のようなフォルティッシモに身を固め、荒波のような弦楽器の響き、雷鳴のようなティンパニのとどろきの上に、霸王のように堂々と立ち上がってみせる局面であろう。
 

(我が友アンリ・デュパルクに捧げる)
−自分の弟子であり盟友に捧げた交響曲−

この曲の作曲にフランクを向かわせた動機のひとつに、彼の恩人でもある大作曲家リストの死があるかも知れないとはすでに述べた。
しかし完成したこの交響曲は、実際にはリストにではなく、フランクの生徒のひとりアンリ・デュパルクに捧げられている
 

アンリ・デュパルクの写真
アンリ・デュパルク
(仏:1848-1933)

デュパルクはとりわけ歌曲の作曲にすぐれた才能を示し、こののちに出現する「フランス高踏主義歌曲」の開祖となったとして、音楽史にもその名を明記されることとなるのだが、そうした非常に質の高い作品を生みだす過程において、彼が自らに課していた峻厳な自己批判が、皮肉にも彼の精神の秩序をも崩壊させてしまった

この交響曲が完成、初演されたころ、すでにデュパルクはいっさいの創作、社会生活から離れ、スイスの山奥での療養生活に入っている。

あまたの美しい歌を、今もかつてとかわらず生みだしつづけているであろう脳髄を持ちながら、壊れてしまった心のゆえにそれを作品としてまとめ上げることができずにいるデュパルクの無念――。

フランクは完成したこの交響曲の楽譜の表紙に「我が友アンリ・デュパルクに捧げる」と書きそえたのだった

 

文: 上柿 泰平(パーカッション)
構成・一部補筆: 岩田 倫和(チェロ)

2005.3.31作成

フランク・交響曲ニ短調(その2:セザール・フランクの台頭と交響曲の作曲)に戻ります。 フランク・交響曲ニ短調(その4:交響曲の評判とその後)に進みます。