(C) 関西シティフィルハーモニー交響楽団
(アマチュアオーケストラ,大阪市)

組曲「コーカサスの風景」
− 注釈 −


 

(注1)(→ おそらく十字架峠)

十字架峠を示す石碑の写真
(十字架峠を示す石碑)

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コーカサス山脈のほぼ中心を南北に貫くグルジア軍用道路(1799年に帝政ロシアによって軍事目的で造られた道路)を使って北のロシア本土からティフリス(トビリシ)へ向かったというイッポリトフ=イヴァノフの旅程から予想しますと、おそらくコーカサス山脈の北オセチア(ロシア国内にあるイスラム教徒民族地域)とグルジアの境にある「十字架峠」(標高2384m)のことと思われます。

十字架峠は南北コーカサス山脈の水脈を隔てる「分水嶺
(ぶんすいれい)であるとともに、イスラム教徒地域である北オセチアとキリスト教(グルジア正教)の国であるグルジアとの「民族と宗教の境」でもあります。

十字架峠を示すモニュメントは、11世紀のグルジア王ダヴィッド四世によって、オセチアとグルジアの国境を示すために建てられたという言い伝えがあります。
(ちなみにその時のモニュメントは現在の石碑ではなく、木製の十字架だったとのことです。)

(注2) ムレタ (→ おそらくムツヘタ)

これもイッポリトフ=イヴァノフの旅程から予想しますと、おそらく十字架峠からグルジア軍事道路沿いに南方へ下ったところにある古都「ムツヘタ」のことと思われます。

ムツヘタはティフリス
(トビリシ)の北方に隣接し、15世紀にグルジアの首都がティフリスに遷都される前まではグルジアの首都でありました。

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(注3) グルジア (→ その当時はロシアのコーカサス一地域名)

グルジアの本来の(地元での)名称は「Sakartovelo(サカルトヴェロ)」と言われていますが、皆さんご存じの一般名称となっているGruziya(グルジア:英名ではGeorgia)」は、3世紀のキリスト教の聖人Georgius(ゲオルギウス)の名前に由来すると言われています。
この名称から分かるように、西暦337年に隣国アルメニアに続いてキリスト教を受容して以来、グルジア民族のほとんどは熱心なキリスト教徒です。

グルジアは現在でこそ独立国家として成り立っていますが、民族としては約3,000年前から存在している
(紀元前1,000年頃のイラクあたりにあった大国アッシリアの年代記に登場)にも関わらず、古来からこの地は豊かな自然を擁し、ヨーロッパと中東を結ぶ交通や貿易上の要衝にあったため、その地の覇権を狙った歴史上の列強国に侵略と支配を受け続ける羽目となり、なかなか独立を保つことはできませんでした。
その侵略者となった列強国たるも、古代エジプト王国
(コーカサス南部まで実効支配していたとの説がある)ローマ帝国ペルシア帝国ビザンツ帝国(東ローマ帝国)モンゴル帝国トルコロシア・・・などなど錚々たるメンツです。

イッポリトフ=イヴァノフが活躍していた19世紀末〜20世紀初頭の間、グルジアをはじめコーカサス一帯は、帝政ロシア
(1921年〜1991年はソビエト連邦)によって支配されていました。

帝政ロシアは、19世紀前半にエルモーロフ将軍率いるロシア陸軍の大部隊でコーカサスを蹂躙し、抵抗するコーカサスの部族を徹底的に弾圧
(略奪、強姦、焦土化、強制移住など)、あるいは無差別に虐殺しました。
(その当時、コーカサスの自然や風土に感動し、優れた芸術作品を残したロシアの詩人プーシキンや画家レールモントフに至っても、当時は当たり前とされたこれらの残虐行為に異を唱えることはありませんでした。)

その甲斐(?)あって、イヴァノフがコーカサスを訪れた19世紀末には、コーカサス諸民族による抵抗運動はほとんど沈静化し、第一次ロシア革命や日露戦争の敗戦などで帝政ロシアが弱体化する20世紀初頭までの間、一応の平和は保たれていました

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(注4) タール (→ リュートに似た撥弦(弦を弾いて鳴らす)楽器)

タールは後述のドゥドゥクと同様にコーカサス地方全域で古来から使われている重要な民族楽器の一つです。
その本質は、6本の弦を有するひょうたん形の共鳴胴を持つ木製の撥弦楽器
(はつげんがっき)で、(ばち)を用いて弦を弾くという、三味線のような弾き方で鳴らす楽器です。

基本的な素材には桑の木を用い、共鳴胴に張る皮は牛の心臓、弦には馬の尻尾の毛を用います。
(ただし、素材については上記のものを絶対的に用いる必要もなく、地域によって様々なバリエーションがあるようです。)

タール製作職人が「桑の木と牛と馬さえいれば(=タールを作れば)、コーカサスのメロディはいつでも奏でることができる。」と言うほど、タールとその音色はコーカサスの人々にとって、非常になじみの深いものになっています

タールとアゼルバイジャンのタール製作職人
(タールとアゼルバイジャンのタール製作職人)

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(注5) ドゥドゥク (→ 篳篥(ひちりき)に酷似したダブルリード系木管楽器)


(ドゥドゥク)

 

 

 

 

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ドゥドゥク(ドゥドゥキとも呼ばれる)は前述のタールと同様に、コーカサス地方全域で古来から使われている重要な民族楽器の一つです。
その本質はオーボエと同じダブルリード系
(二枚舌)の木管楽器で、2枚の葦の木の薄片を挟み(これが二枚舌)、その間に息を吹き込むことによって独特の音を出す楽器です。

この楽器の形状と吹き方は、日本の雅楽で汎用される篳篥
(ひちりき)に酷似しています。
(篳篥の詳細については、有名な雅楽奏者の東儀秀樹さんのHPにある、このページに詳しく書かれています。)

一方で、オーボエの祖先となった史上最古のダブルリード系の木管楽器は、中央アジア〜コーカサス周辺で使われ始めたとの言い伝えや、篳篥のルーツはシルクロードを通じて伝わった木管楽器であるということから、ドゥドゥクが篳篥の祖先となった楽器の一つではないかとの説もあります。

コーカサスのメロディを奏でるドゥドゥクが、古代の人々の通商の道であったシルクロードを通じ、東の終点の日本で篳篥となり、西の終点のヨーロッパでオーボエとなった・・・と考えると、数千年にわたる楽器の歴史を辿るようでおもしろいですね。