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しかし、そこは「恋と情熱」の作曲家ベルリオーズ、1830年のはじめにピアノ奏者のマリー・モークという新たな恋人を見つけて、婚約までしてしまいました。
さあ、これで念願の恋の成就か・・・と思われた矢先、彼がローマへ出ている間に、マリー・モークは彼との結婚に反対していた彼女の母親の策略によって、別の男性と結婚してしまったのです!
これにはさすがの彼も怒り狂って、彼女とその母親を殺害する計画を立てて実行しようとしましたが、不首尾から実行できないことが分かったとたんに、なぜか入水自殺を果たそうとしました。
もちろんこれは未遂に終わり、彼は助けられましたが、その時にはきれいサッパリ、彼女たちへの復讐心はなくなっていました。
「病的な感受性と燃えるような想像力を持つ若い音楽家が、恋に絶望し、発作的に阿片を飲む。麻薬は彼を死に至らしめるには弱すぎたが、彼を奇怪な幻想を伴った重苦しい眠りに落とし込んだ。彼の感覚や情緒、記憶は、彼の病んだ心を通じて、音楽的な想念や心象に変えられた。恋人ですら一本の旋律と化し、絶えず彼に付きまとう固定観念(イデー・フィクス)のような存在となる」
(1855年改訂時の幻想交響曲の楽譜に記載された「前書き」解説より)
上記の「前書き」でも分かるように、幻想交響曲の成立には、これらの2つの(熱狂的とも言える)恋とその破局が母地となっており、作曲が同時並行に進められていたのは確かですが、正確な作曲の動機についてはよく分かっていません。
(また、彼の父親が医師であり、持病であった胃疾患(神経性胃炎、胃潰瘍?)の鎮痛のため、強力な鎮痛作用を持つ阿片を常用していたことから、阿片の副作用の幻覚作用などについてもかなりの知識を持っていたことが伺えます。ベルリオーズ自身も腸神経痛(過敏性腸症候群?)と躁鬱症が持病だったため、これらの緩和のため、若い頃から阿片を使用していたかもしれません。)
<幻想交響曲の形式>
このような「幻想」的とも言える経緯から成立した曲ですから、その形式と構成も、まさにこの世のものと思えぬほど「幻想」的なものとなっています。
それらの特徴を以下に簡単にまとめてました。
(これらの詳細は追って別のコーナーで解説致します。)
1.交響曲全体が標題付きの「幻想」的な物語(「交響詩」形式の先鞭) 通常(声楽を持たない)「交響曲」形式は、特に標題のない「絶対音楽」に属するもので、唯一の例外はベートーヴェンの交響曲第6番「田園」のみでした。
ベルリオーズは基本的にはベートーヴェンの形式を尊重しつつ、それを大幅に拡大して、自叙伝的な一つの壮大かつ幻想的な物語にしてしまったのです。(上述の「前書き」参照)
各楽章にも題が付いており、以下のように、これらの題名に沿った音楽が形成されています。
第1楽章「夢、情熱」:
恋人への想いを「夢」見ながら「情熱」にほだされる青年の姿を描く。
憂鬱な「夢」の部分と激しい音楽が鳴り響く「情熱」の部分で構成される。
第2楽章「舞踏会」:
恋人の姿を夢の中で繰り広げられる舞踏会で垣間見る。
メヌエットでもスケルツォでもなく、初めて「ワルツ」を取り入れた舞曲楽章
第3楽章「野の風景」:
恋人の幻を夢の中の野原で見出し、再び深い孤独に陥る青年の姿を描く。
全楽章中最も長く緩やかな楽章で、野原の寒々とした空間が表現されている。
第4楽章「断頭台への行進」:
夢の中で恋人を殺めた青年が、その罪でギロチンにかけられる姿を描く。
賑やかな行進曲の後、青年が恋人を想った瞬間首が飛んで賑やかに終わる。
第5楽章「魔女の夜宴の夢」:
前の楽章で命の潰えた青年の葬儀で魔女や魑魅魍魎がお祭り騒ぎをする。
不気味な魔界の宴とレクイエム「怒りの日」が一体化し、騒乱の内に終わる。
この形式は、後に「交響詩」となって、リストやサン・サーンス、リヒャルト・シュトラウスなどの後進の作曲家に引き継がれていきました。 2.主題ではない一つの旋律が「固定観念」として全楽章に登場 これまでの交響曲で一つの主題を全楽章で登場させることは度々ありましたが、ベルリオーズは、主題となっていない一つの旋律を、恋人の「固定観念(イデー・フィクス)」として扱い、各楽章において、恋人の登場する(または青年が恋人を想う)場面において様々な形で登場させています。
これらは、これまでの交響曲の「動機(モチーフ)」、たとえばベートーヴェン交響曲第5番「運命」の動機(ダダダダーン)とは全く異なる、交響曲史上初の斬新な旋律の使用法です。
第1楽章で提示して、第2楽章では部分的に登場させ、第3楽章ではほとんど出ず、第4楽章ではギロチンが降りる寸前で登場し、第5楽章では諧謔的なパロディになってしまいます。
この「固定概念(イデー・フィクス)」の持つ意味合いは、後に「ライトモチーフ」として、リヒャルト・ワーグナー(独:1813-1883)などに代表されるロマン派オペラ音楽に引き継がれました。
そして、これら人物や情景を象徴する音楽は、実写・アニメも含めた映画音楽や最近のゲーム音楽(特にRPG系)等における「(登場人物やお決まりシーンの)テーマ音楽」として、現代まで引き継がれています。 3.当時としては類を見ない大編成管弦楽とその使用法 下記の基本データを見て下さい。
当時の交響曲では全く見られない楽器とその編成数が記されています。
その概要は以下の通りで、どれもが当時の常識を大幅に覆すものでした。
木管楽器群:イングリッシュ・ホルン、小クラリネットの交響曲史上初の使用
4本のファゴット(当時は2本以上使用されなかった。)
金管楽器群:コルネットの交響曲史上初の使用
2本のチューバ(交響曲史上初の使用、2本は現在もまれ)
弦楽器群: 各楽器数の指定(しかも数は当時の標準数の約2倍弱!)
コル・レーニョ(管弦楽史上初、弓の木の部分で弦を叩く奏法)
打楽器群: 奏者2人以上を要するティンパニ(当時は一人だけが普通)
その他: 2台のハープ、鐘の交響曲史上初の使用
ベルリオーズは当時の管弦楽法の第一人者でした。
(特に1844年の彼の著書「近代楽器法と管弦楽法」は、全世界の後進作曲家に多大な影響を与え続けました。)
それだけに、彼は演奏会場での音の効果やバランスにもの凄い「こだわり」を持っていました。
また当時のヨーロッパ(特にフランス)では、工業技術の進歩がめざましく、それらを駆使していろんな管・打楽器が改良されており、これらの技術革新がベルリオーズの「先進的な」管弦楽法の助けとなったのです。
これらの大編成管弦楽と斬新なまでの楽器使用法は、後の世代の作曲家に多大な影響を与え、特に交響曲の世界では、有名なところでグスタフ・マーラー(欧:1860-1911)が、大編成管弦楽と、音の効果やバランスに対する配慮(総譜に書かれた細かい注釈)という点では、最も色濃く影響を受けた作曲家と言えるでしょう。
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