(C) 関西シティフィルハーモニー交響楽団
(アマチュアオーケストラ,大阪市)

ペレアスとメリザンド
− 注釈集(第4幕) −


 

(注1)「どうしても話さないといけないこと」はただ一言・・・

先の第4場を見て頂ければお分かりのように、"Je t'aime(ジュ・テーム)"・・・「愛してる」である。

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(注2)一筋の光明も・・・

ペレアスの父親の奇跡的な病状回復は、黄昏の王国アルモンドにとってのまさに「一筋の光明」である。
ジュヌヴィエーヴがうれし涙に暮れ、第2場でアルケルがメリザンドを「美と若さと幸福の象徴」のように崇めんとするのも無理はない。

しかし、先の展開と王国の終焉の兆しがあまりにも多すぎることを思えば、これが単なる「ぬか喜び」に過ぎないことは明白であろう

結局のところ、結末の悲壮さをより強調するためのイベントの一つとして用意されたものではないだろうか。
また、このシーンが「運命の転機」を示していることも考えられる。

こういった手法は昔からよく使われており、料理で言えば、砂糖の甘さを強調するために、わざと塩を入れる手法のようなものである。
有名なところでは、イタリア歌劇の名作「ラ・ボエーム」(プッチーニ作曲)などで使われた、悲劇をより強調するために対比となるドタバタ喜劇的な要素をわざと挿入するパターンである。
また、その逆パターンでは、喜劇によるカタルシスをより高めるために、途中でわざと悲劇的な要素を挿入している吉本新喜劇が有名なところだろう。

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(注3)初めて明かされたペレアスの運命

ここでペレアスの父親が息子に言った台詞は、一見穏やかであるが、その真意は、まさに「お前の顔には死相が見える。一刻も早く死の運命から逃げろ!」ということである。
すなわち、アルケルですら予見できなかったペレアスが辿る「死の運命」が初めて明らかにされたのである。

その台詞は当然側にいた母親のジュヌヴィエーヴも聞いていたであろうし、アルケルもおそらく直接、または間接的に聞いていたのだろう。
この先旅立ちを阻害するような台詞は、メリザンド以外からは一切出てこない。

ペレアスがやっと旅立てる(旅立とうとする)ことになったのは、この父親の台詞があってこそだった。

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(注4)背中合わせの「悦び」と「苦しみ」

ここで言われる「悦び」とは、忍び寄る死の運命から逃れられること、もしくはメリザンドにやっと本当の気持ちを伝えることが出来ることだろう。

その一方で彼はメリザンドと今生の別れとなる「苦しみ」も背負うこととなる。(注16参照)

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(注5)初めて明かされたメリザンドの「嫁入り」

ここで初めてメリザンドが初めてこの城に入ったときの様子が語られる

おそらくメリザンドは純真無垢そのもので、無邪気に「嫁入り」したのだろうが、城に入った途端、残酷な「運命」の蠢きを無意識下で感じたのに違いない。

しかし、その後そのことをメリザンドが語らなかったところを見ると、本当に彼女は後のアルケルの台詞通り「不幸を知らないだけ」の、真性の純粋無垢な存在だったのか、もしくは真性の鳥頭(鳥のようにすぐに物事を忘れてしまう)だったのかもしれない。

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(注6)本当の気持ちなのだろうか?

これはアルケルに気を遣っていった嘘か、または本当に「不幸せじゃなかった」と思っているのか、紛らわしいところである。

前者であれば、彼女は気配り上手なのであろうが、後の第4場でペレアスに言った台詞「私は貴方のお兄様(ゴロー)以外に嘘は言わない。」に反する
また、後者であれば、第2幕第3場でゴローから受けた仕打ちや、この凋落した雰囲気を醸し出すアルモンド城の実情を無視した、究極の「鳥頭」的台詞である

その後のアルケルの台詞「そなたは・・・不幸を知らないだけ」から、アルモンド城の実情をよく知るアルケルは後者の方を考えたに違いない
アルケルもそれ以上のつっこみを入れてないところを見ると、結局は「知らぬ(思わぬ)が花」と決め込んでしまったのだろう。

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(注7)アルケルの愛?

このシーンでアルケルは明らかにメリザンドに再び口づけをしようとしている。(前に口づけをしたのは「嫁入り(入城)」の時に挨拶として行った。)

これはメリザンドへの愛というよりも、むしろメリザンドの持つ「若さ」と「清純さ」への憧れから生じたものであろう。

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(注8)真相は?

なぜ、そんな所を通って部屋まで来たのか、余りにも不自然な理由である。

この後のゴローの行動から察するに、ペレアスとメリザンドの密会の証拠を掴んだため、あまりの激情に駆られて、自ら頭を何度も壁に打ち付けるような、自虐行為を行っていたのではないだろうか?

現にゴローには感情を自分の内部で爆発させるような、自虐的な面(マゾ)とその反動として生じる虐待的な面(サド)が見え隠れしており、その端的な例が第5幕第2場で見せるメリザンドへの卑屈なまでに低姿勢な謝罪と、その後に続く彼女への脅迫的な尋問である。

おそらく、これもゴローが王族筆頭としてのプレッシャーから自分の感情を素直に表現できなかったことの裏返しではないだろうか?

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(注9)餓死した農夫の話

海辺で餓死したという農夫は、第2幕第3場でペレアスとメリザンドが見た乞食たちのことであろう。

その時3人だけで眠っていた農夫たちが、餓死して、しかもその数が増えているという話から、この国の抱える飢餓問題が重大化していること・・・すなわちこのアルモンド国の最期が近づきつつあることを示している。

しかし、この場で対策を講じようという雰囲気は全く感じられない。
これが現実の話なら、手前勝手な国民無視のとんでもない王族である。

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(注10)怒りのあまり錯綜するゴローの台詞

このゴローの台詞は、最初の方がアルケルに向けられたものであり、後の方がメリザンドに向けられたものであるが、話の切れ目がなく内容が錯綜していることから、ゴローの精神状態がもはや常軌を逸していることがよく分かる。

ちなみに、台詞にある「大きな秘密」とは、ゴローの掴んだペレアスとの「不倫」関係のことであろう。

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(注11)ゴローが叫んだ「アブシャロム」とは?

ゴローがメリザンドの髪を掴みながら吐く暴言の中には、この「Absalon(アブシャロム)」という名詞が2回出てくる。("Absalon! Absalon!" と叫ぶ。)

この「アブシャロム」とは、旧約聖書サムエル記に出てくる古代イスラエル王国の王子の名前である。

彼は、紀元前10世紀頃、偉大なる永遠の王ダビデによって治められていた古代イスラエル王国において、息子でありながら父ダビデ王に反逆し、一時期は王位剥奪に成功したものの、結局は父の巧みな戦術の前に形勢を逆転され、非業の死を遂げている
(彼の悪名は現在に至ってもすこぶる有名で、偉大な父に反逆した愚かな息子として、今でもユダヤ人はエルサレムにある彼の粗末な墓に石を投げては「父に逆らうとこうなる」という戒めとしている。)

そのアブシャロムの身体的特徴として、人を惹き付けて止まない「美貌」と、「長い髪」が聖書の中に取り上げられている。
これらの身体的特徴は、(性別は違うが)メリザンドと共通している

ゴローは自分(夫)を裏切ったメリザンドを、同様の容貌を持ち、そして同様に親族を裏切ったアブシャロムに見立てて、「夫をも欺く裏切り者めが!」と、彼女を罵倒する意味で叫んだのだろう。
また、その一方では、メリザンドの運命(アブシャロムと同様、裏切った結果死ぬ)の暗示とも取れる。

ちなみに、この戯曲「ペレアスとメリザンド」の唯一の日本語版と言える「対訳ペレアスとメリザンド」(杉本秀太郎 訳,岩波書店)では、"Absalon! Absalon!" は「毛長の化け物め、売女(ばいた)め、」と訳されている。

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(注12)メリザンドへの最後の警告

この言葉の真意を説けば、「わしは全てを知っているのだ! もし今夜も密会をするようであれば、わしはお前たちをこの剣で殺す!」ということであろう。

「わしはスパイなどしておらん」というのは、「確信犯的な(見え見えの)嘘」であり(第3幕第5場参照)、「世のしきたり」とは、妻の不倫に対して、夫が情夫と妻に制裁を加えるという、(かなり乱暴だが)よくあることを指しているのだろう。

いずれにしても、ペレアスとメリザンドの関係を知らない(と思われる)アルケルにとって、これらのゴローの言動は全くの謎であろう。(直後に「あれは酔っているのか?」という台詞が出たのはそのためであろう。)

一方のメリザンドはゴローの言動をある程度は理解していたようで、続く第4場でゴローが寝静まるのを待ってからペレアスの許へ赴き、その後ゴローにペレアスとの密会を見られたことで、「もはや許されない」という恐怖と命の危険を感じている。

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(注13)間近に迫った残酷な「運命」

原作でもここでメリザンドは言葉を飲み込んでしまっているので、この先に続く言葉は分からない。

しかし、ゴローの異常なまでの言動を間近にしたメリザンドは、ここで自分の「運命」の行く末すら「間近」にしたに違いない。
あえて繋げるとすれば「(幸せどころか・・・)命すらもうないかもしれません」だろうか?
(ここの言葉は、メリザンド自身だけでなく、登場人物やこの国全体にも懸かっている。)

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(注14)「運命」の移ろいやすさに憐れみをかけたいアルケル

この場で起こった出来事は、全てアルケルの関与しない(関与できない)「運命」によって引き起こされたものばかりである。

アルケルにしてみれば、この二人の哀れとも言える言動を目の当たりにして、何も出来ない自分がさぞかし無力に感じたことであろう。

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(注15)鳴かない羊は「運命」と「死」に直面した人々の象徴

これは第1幕第2場でゴローが言った台詞「道に迷った・・・何処へ行くかは分からない」で示された、人が知るべくもない「運命」の行く末と、第5幕第2場、戯曲の最終局面となる「死と静寂」への伏線となる重要なシーンであり、第3幕第4場でゴローとペレアスが見た羊の群れとは全く逆のパターンである。

それらを知るために、ここで覚えておくべきことは、第3幕第4場で鳴いていた羊の群れの様子と、それについて言ったゴローの台詞(「屠殺場の刃の臭いを嗅ぎ分けたのか、よく鳴いている。」という意)と、この第4幕第3場で羊たちが鳴かなくなったこと、そしてイニョルドが鳴かなくなった理由を聞いたところ羊飼いが「家畜小屋へ向かう方向じゃない」と言ったこと、この4点である。

つまり、ここで羊たちは家畜小屋へ行く方向でないと悟った瞬間、「帰るべき所」へ帰れず、何処へ行くのかが分からなくなったことへの不安・・・つまり自らの「運命」の行く末を本能的に感じたのではないだろうか。
(これは、第1幕第2場の最後でゴローが言った台詞の場面的な回想である。)
また、これらの羊たちに待ち受ける運命がペレアスとメリザンドと同様に本当に「死」であれば、このシーンは「死」が「静寂」と共にもたらされるということを示していると考えられる。

この戯曲では「運命」「死」「静寂」に関する暗示が至る所に配置してあり、全体的な雰囲気を神秘的かつ救われようのないほど暗いものにすることに貢献している。

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(注16)自らの「運命」から逃れ(られ)なかったペレアス

この台詞から初めてペレアスが「運命」の罠を感じつつも、そこから逃れようとしなかった(したくなかった)という、相反する二つの感情が自分の中でぶつかり合っていたことがはっきりと本人の口から語られる。

自分の「運命」が悲惨なものであると感じつつもそこから逃れられない「苦悩」と、その悲惨なはずの「運命」が逆にメリザンドとの間にある愛の「歓喜」をもたらしているという、まさに狂おしいほどに矛盾した感情にペレアスの心は大きく揺すぶられていたに違いない。
(オペラでは、夜の静かな雰囲気とペレアスの思い詰めた心情を描き出すため、ほとんど抑揚のないつぶやくような声で、早口と思えるほど一つ一つの台詞が短い音で歌われる。)

にもかかわらず、結局は破滅への道を歩んでしまうところに「運命」の力の大きさ、そして原作者メーテルランクの「運命」に対する哲学を伺うことが出来る。

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(注17)その一言のために・・・

(注1)の通り、ペレアスが言いたかったのは「愛している」の一言であり、またメリザンドの自分に対する本当の気持ちも確かめたかったのだろうが、その気持ちが「死」の「運命」をもたらしてしまう。

ここでメリザンドに会わず旅立っていれば、例え後悔の念に駆られ続けたとしても、きっと死ぬことはなかっただろう。

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(注18)メリザンドの覚悟

この台詞は後のメリザンドの愛の告白"Je t'aime aussi (同じように愛してる)"への伏線となっている。

(第3幕第2場のように)前までペレアスとの密会を誰かに見られることを恐れていたメリザンドにとって、まさに覚悟にも似た心境の変化である。

「明るいところに居たい」のは、愛するペレアスの顔をはっきり見たいということと、自分たちの愛をずっと陰に隠し続けてきたことへの反発であろう。

「他人に見られてもいい」とまで言ったのは、メリザンド自身が自分たちの愛が本当のものであるということを自覚し、ペレアスへそのことを伝えることの暗示であろう。

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(注19)知らなかったのは・・・

まさに(注16)のところで出た「運命の罠」の事であろう。

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(注20)初めて出た愛の告白

ここで初めてお互いの口から「愛してる」の言葉が飛び出す
(それまでは全てが間接的な表現ばかりであった。)

オペラでは、この部分はソプラノ歌手の最低音域に近い「ド」の低い音のみで、本当に「聞こえないぐらいに」ささやくように歌われる。

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(注21)間接的な「真実」の告白

この台詞はメリザンドがゴローを本当は愛していないことの間接的な告白であり、ペレアスを心から愛していることへの告白でもある。
メリザンドの「愛」=メリザンドの語る「真実」と捉えるべきと思われる。

ただ、メリザンドは第2幕第1場において、ペレアスに対して(被害妄想かもしれないものの)結果的に嘘を付いているので、あながち額面通りに受け取ってよいのかどうか疑わしいところがある。

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(注22)閉じた門の意味するところは・・・

もはや城内へ帰れないこと・・・
すなわち「死」の運命が決定づけられた瞬間である。

また、門の閉じる時間が二人の演じたシーンの時間の流れに対して短すぎることから(二人が会ってから1時間以上経ったとは考えにくい)、城門はおそらくゴローが二人の「不倫」の決定的な証拠を掴み、さらに二人の逃走経路を塞ぐために、わざと早く閉めたものだと考えられる。
(現にゴローはその直後に出現している。)

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(注23)武器のないペレアス

これまた(注22)と同様、「死」の運命を決定づける要因の一つである。

これまでの挿絵を見て頂ければ分かるかもしれないが、ペレアスは外出する際に常に護身用の剣を身につけていた
(挿絵ではレイピア(中世の貴族が用いた護身用の細身の剣)が想定されている。)
それを所持していなかったのは、余りにも迂闊としか言いようのないことだが、同時に「運命」から逃れられないことの暗示とも考えられる。

ただ、例えゴローの剣(挿絵では段平(戦士用の幅広の剣)を想定)に匹敵する剣があったとしても、温室育ちのペレアスが百戦錬磨の武将ゴローに勝てるとはとうてい思えないが・・・

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(注24)視点を変えると・・・

「星々がみんな落ちてくる」ことは、視点を逆にすると「(星々のある空へ)昇天していく」・・・すなわち「死ぬ」ことを意味していると考えられる。

もう、この時点でペレアスは避けようのない「死」を感じ取っていたのだろう。

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(注25)ペレアスを見捨てて逃げるメリザンド

メリザンドの「少女」特有の心の弱さを示す部分であり、「愛」のために「死」の運命に甘んじる覚悟を見せながら、その愛する人を見捨てて逃げ出す様は、一見すると本当に「意気地なし」とか「卑怯者」と言われても仕方がないところではある。

ただ、この時ご存じの通りメリザンドは妊娠しており、お腹の子を守るために母性本能で逃げ出したとも考えられる。

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(注26)終始無言で残虐行為に走るゴロー

この場においてゴローの台詞は一言もない
しかし、その間に行われた行為は最も残忍かつ冷淡なものである。

ただただ不気味に二人の前に迫って、冷淡にも弟ペレアスを剣で刺し殺し、そのままメリザンドを追う様には、叫んだり、呪いの言葉を吐きかける以上に、言いようのない不気味さと恐ろしさを感じさせる
しかもペレアスは断末魔の声を上げられないほどにあっさりと絶命している。

ゴローの残虐さと不気味さを表現するのに、これ以上ない見事な演出である。

ちなみにこの第4幕唯一経過時間が特定できる幕であり、全てが1日中に起こった出来事である(他の幕は時間が特定できないが、少なくとも数日以上は流れている)。
まさに全てが「一瞬」で変貌した激動の幕である。

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