(C) 関西シティフィルハーモニー交響楽団
(アマチュアオーケストラ,大阪市)

第35回定期演奏会
アンコール曲

<亡き王女のためのパヴァーヌ>
−「オーケストラの魔術師」の魅せる幻想舞曲−


(注意!)プラグインがないのでMIDI再生できません。

(楽曲のMIDI形式データ)
注意!:音源によっては作成者の意図と合わない音色・音量で再現されることがあります。

雅のホームページ・よもやまフェロモン」より、 雅様(データ作成者)のご厚意で転載


モーリス・ラヴェルの写真。彼は背が低いのを気にしていたためか、真正面から撮った全身写真はほとんど残していません。
<作曲者>
モーリス・ラヴェル
(仏:1875-1937)

この美しく繊細な旋律で歌われる名曲は、管弦楽史上最も優れた管弦楽法を駆使した作曲家の一人で、「オーケストラの魔術師」と謳われたフランス人モーリス・ラヴェル若かりし頃に作曲した初期の傑作の一つです。

この曲が作曲されたのは1899年(24歳)で、初めはポリニャック大公妃ウィナレッタ
(パリ在住の大貴族で、当時の音楽家達の大パトロンの一人であった)に献呈されたピアノ曲でした。
それを1910年(35歳)自らの手で管弦楽曲に編曲したのが、今演奏されている管弦楽版「亡き王女のためのパヴァーヌ」です。


<作曲の動機と題名について>

よく言われている説
としては、ラヴェルがディエゴ・ヴェラスケス
(1599-1660:スペインの宮廷画家)の描いた夭逝のスペイン王女マルガリータの肖像画(1660年作)を見て、その印象を音楽として書き留めたというものです。
(この詳細については、こちらのページをご参照下さい。)

そして、このような題名から、この曲はいかにもマルガリータ王女の早すぎる死を悼んで作られたような感じを受けますが、実は作曲者曰く「亡くなった王女の葬送の哀歌ではなく、その昔、スペインの宮廷で小さな王女が踊ったようなパヴァーヌを喚起するもの」とのことです。
また、彼は原題
(フランス語)の"Pavane pour une Infante Défunte"という言葉の響きの良さに惹かれて命名したとも述べています。
(ただし、これらのラヴェルの言葉を額面通りに受け取ってはならないとの説もあります。)

題名の最後に出る「パヴァーヌ」とは、スペインを起源とする16世紀の宮廷で踊られた舞曲の一つで、クジャク
(pavo:パヴォ)を真似て、威厳を持った様子でゆっくりと踊ったことから名付けられました。

<余録:ラヴェルとスペイン>

作曲者ラヴェルはフランス人であったにも関わらず、彼の作品には、このパヴァーヌ以外にも、有名な「ボレロ」や「スペイン狂詩曲」のような、スペイン舞曲を題材にした曲が多くあります。
これは、作曲者ラヴェルの出生地がスペイン国境の近くで、彼の母親がバスク地方出身のスペイン人であることが、深く関係していたと考えられています。
また、作曲を習っていたパリ音楽院で知り合ったスペイン人音楽家ビニェスとも親交がありました。

彼の心の中には、常に「スペイン」があったのでしょう。

参考:亡き王女のためのパヴァーヌ 総譜 (音楽之友社)
新音楽辞典 楽語・人名 (音楽之友社)
死因を辿る−大作曲家たちの精神病理のカルテ (講談社)

構成・文: 岩田倫和
(チェロ)

(2003.3.18作成、2003.3.21改訂)


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