(C) 関西シティフィルハーモニー交響楽団
(アマチュアオーケストラ,大阪市)

フランス・浪漫派 −死と幻想のタピストリー−・・・このタイトルの所以については、この画像をクリックして頂くと知ることが出来ます。

<タイトルの所以>

さて、第35回定期演奏会 演奏曲目の紹介記事に、どうしてこんな仰々しいタイトルを付けたのか・・・
その理由は大きく3つに分かれます


「フランス・浪漫派」
1.3曲ともフランス・ロマン派音楽の作曲家によって作られた。

ベルリオーズ19世紀のフランス・ロマン派音楽の先駆者であり、ベートーヴェンなどのウィーン古典派の音楽を基本的には継承しつつも、そのベートーヴェン自身が開きかけた「ロマン派音楽」への「扉」を「幻想交響曲」によって全開させたのでした。
つまり、彼はベートーヴェンの「形式」ではなく、そこに込められていた本質的な「精神」を継承したのです。

サン=サーンス
は、偉大なる先駆者ベルリオーズを師と仰ぎつつ、溢れる楽想を心のままに書き連ね、(同じくベルリオーズを敬っていた)フランツ・リストが打ち立てた「交響詩」(標題音楽)の世界を広めてフランス・ロマン派音楽の頂点を築き上げました。

フォーレ
は、サン=サーンスに音楽を教わり、彼と生涯に渡る友情を築きつつも、また違った、ある種耽美的とも、瞑想的とも言えるフランス・ロマン派音楽の形を作り上げました。

このように、これら3人の作曲家は、フランス・ロマン派音楽の「始点」と「終点」の間の代表であったのです。
「ロマン」を「浪漫」にしたのは、フォーレに倣って「耽美的な」表現を目指してみただけです(笑)


「死と幻想」
2.3曲ともに必ず「幻想」的な標題(物語)と「死」が存在する。

ベルリオーズ「幻想交響曲」は、その名の通り、薬物(阿片)を飲んだ若者が見た「幻想」の中の世界を描いた曲です。
そこには、(全て「幻想」の中でのお話しですが)恋人への愛と情熱、彼女を失ってしまった孤独・・・そして恋人を殺し、自身もその罪で断頭台で首を刎ねられるという「死」の概念も大きく横たわります

サン=サーンス「死の舞踏」
は、死神のヴァイオリンの出すメロディーに乗って骸骨(死人)たちが踊り出すという、「幻想」的な設定の下でグロテスクかつある種ユニークな「死」の世界を描いています。
(しかし、この「死の舞踏」の設定の下敷きには、かつて中世ヨーロッパに蔓延したペスト(ペスト菌による致死的な感染症)による数千万人とも言われる大量死の残酷な「現実」がありました。)

フォーレ「ペレアスとメリザンド」
も、アルモンドという架空の国で、そこに居た謎の女性(メリザンド)を巡って2人の兄弟(ゴローとペレアス)が対立し、弟(ペレアス)が嫉妬に狂った兄に刺されて死に、女性も兄(ゴロー)の子を産んで死ぬという、上記2作と違った形での「幻想」的な設定の下で、残酷な「死」の世界(結末)があるという内容です。

すなわち、これら3曲に共通しているのは、「幻想」的な設定と「死」の関与(設定や結末)なのです。


「タピストリー」
3.3曲個々の「幻想」と「死」の世界が演奏会で一つの形となる。

「タピストリー」というのは西洋の装飾用織物の一種で、いろんな色の糸が織り合わさって、綺麗な文様(絵)となります。
古来からフランスでは、聖書のエピソードや古詩、叙事詩、王侯貴族たちの歴史など、多くの「事項」や「物語」を綴ってきた「絵画」とか「絵巻」として、意味のある文様(絵)を持ったタピストリーが数多く作られてきました。
このホームページにフランスのタピストリーに関する詳細が書かれております。)

3曲それぞれが持っている違った「色(雰囲気)」の「死」「幻想」、そしてそれぞれの曲が持つ独自の「色」の糸が織り合わさって、意味のある文様を持った「タピストリー」となっていく・・・

一見バラバラに見える演奏会の曲目が、「死」と「幻想」という共通の概念によって結ばれ、さらにそれぞれの曲が持っている独特の雰囲気と相まって、何か纏まった意味のあるものになると考えたのです。

さて、3曲共通の概念たる「死」「幻想」、その他にも「幻想交響曲」の持つ「愛」「情熱」「孤独」「狂気」の要素、「死の舞踏」が持つ(残酷な現実をペーソスとした)「ブラックユーモア」の要素、「ペレアスとメリザンド」の持つ「謎」「嫉妬」「悲劇」の要素・・・
それらの「糸」が織り合わさってできた「タピストリー」どのような「文様」となって、皆様に見えるのでしょうか?

・・・それは、
第35回定期演奏会でのお楽しみと致しましょう!


(蛇足です・・・)
ちょっと恥ずかしいのですが、私は「タピストリー」を勉強で習ったわけではなく、「MASTER(マスター)キートン」(作:勝鹿北星 画:浦沢直樹)という漫画のある1話で感慨を受けて知ったのです。
ちょうどその話は、西洋のある城の先祖の遺したタピストリーに、ペストで瀕死の領民を城壁の外から石で城内に入れないよう追い出している様子が描かれているために、「ペストの領民を見捨てた残酷な領主の一族」との烙印を押されてしまった城主の末裔の苦悩が描かれていました。ところが、その漫画の主人公がタピストリーにもう一つの断片があることを発見し、それが何と京都の祇園山傘の装飾として用いられていたタピストリー(おそらく城主の政敵の手を渡って、日本に持ち込まれたもの)の一つであることが分かりました。そして、その断片と城のタピストリーをくっつけると、何とペストに溢れている城外の様子とは別に、城内では、ペストから逃れて城主に感謝を捧げている健康な領民の姿が描かれていたのです! これを見た城主の末裔は、自分の先祖は実は領民をペストから守っていたという事実を知り、汚名を濯がれ、改めて自分の血筋に誇りを持ったと言うことです。
タピストリーには、糸の織りなす文様の他に、それぞれの断片の繋がりによって示される奥深い「意味」もあるということですね。