ラテン音楽とユダヤ音楽

〜モザイクあれこれ〜

ユダヤ音楽

私の家族が属していたシナゴーグ(ユダヤ教の礼拝堂・集会所)はミシュカン・テフィーラー・ヘブライ教会のシナゴーグでした。おのおのの式典が私に感動的な音楽を聴く機会を与えてくれました。そのシナゴーグにはなんと素晴らしいオルガンがあったことか!そのオルガン−まるで神自身がそれを弾いているようでした−は実際、並はずれた人物、私の敬愛していた音楽家、ソロモン・ブラスラフスキーによって演奏されていました。(中略)ずっと後になって、その式典の間に私が耳にしていたのは実際マーラーだったのだと言うことを発見しました。つまり、マーラーの精神、彼の音楽精神がブラスラフスキーの作品の中に漂っていたのです。
(レナード・バーンスタイン)

1905年、ポグロムと呼ばれるユダヤ人虐殺の嵐がロシアを吹き荒れました。
この嵐はその後、東ヨーロッパ中に飛び火し、結果として多くのユダヤ人が自由の地・アメリカに亡命しました。そして、彼ら東ヨーロッパ系ユダヤ人(アシュケナージム)の子孫は、アメリカの地で優秀な音楽家を輩出しています。
ガーシュイン
しかり、バーンスタインしかりです。
では、彼らが幼少の頃より親しんだユダヤの音楽とはどのようなものだったのでしょう?

古代イスラエルの音楽

旧約聖書の伝える音楽家の始祖は、アダムとイブの8世の孫、ユバルです。彼こそが琴と笛を巧みに奏するものの始祖、ということです。しかしこれは、ノアの箱船の前の話。そしてノアはユバルの直系の子孫ではありません(ユバルはアダムの長男カインの子孫で、ノアはアダムの三男セトの子孫です)。ということは、ユバルは直系の子孫を残さず、ノアか彼の3人の息子、セム、ハム、ヤペテおよびその妻らの血の中にかろうじて遺伝子を潜り込ませたのでしょう。
(その証拠(?)に、ノアの遠い子孫であるダビデは、王になる以前は竪琴弾きで有名で、今もシオン山にある彼の棺にかけられた黒い布には、「イスラエルの王ダビデは生きて存在する」の文字と、イスラエルの国旗にもある「ダビデの星」、そして竪琴の絵が入っています。)
どうも音楽家の受難は天地創造以来定められていたようです(?)。

その後、ノアの子孫であるイスラエル(ヤコブ)の子孫、ヘブル人はイスラエルの子と呼ばれ、エジプトへの移住と捕囚の後、モーセに導かれて約束のカナンの地(現在の国家イスラエルのある地域)に入ります。(横道にそれますが、このページにも載っております。)
こうして建国されたのがイスラエルです。

イスラエルのエルサレム神殿の音楽を世襲的に司っていたのはレビ人の職能集団でした。当時の音楽について、聖書には19種類の楽器の名前が記されています。しかし、その音楽の実態に関しては、編成と歌詞以外は、ほとんど解っていません。

古代イスラエル王国は、初代の王サウルのあとを継いだダビデ王以下3代で崩壊します。そして、北半分は北イスラエル王国、南はユダ王国と別々の道を辿ります。
さらには、北イスラエル王国を構成した10部族は、他民族による侵攻の中、いつしか歴史の中で姿を消します。
(北イスラエル王国は紀元前722年、当時の列強国の一つメソポタミアのアッシリア帝国に滅ぼされた上に、国民は帝国内に離散させられ、民族としてのアイデンティティを完全に失った。)

そういうわけで、ヘブル人の子孫はユダ王国の名を取り、ユダヤ人と呼ばれることになるのです。


シナゴーグの音楽

南のユダ王国も他民族の侵攻を免れたわけではありませんでした。
ユダヤ人たちは、紀元前605年から586年にかけてバビロニア帝国の奴隷となりました(バビロン捕囚)が、後の紀元前538年にバビロニア帝国を滅ぼしたペルシア帝国のクロス王の計らいで解放され、帰還した彼らはエルサレム神殿の祭儀を復活させました。
今日に伝わるユダヤ教の誕生です。
ユダヤ教の中では当初、神殿の祭司集団によるサドカイ派が主流を占めていましたが、紀元前2世紀頃にはシナゴーグ(ユダヤ教会)の儀礼を重んじる律法学者がつくるパリサイ派が主流となりました。今のユダヤ教はこの流れをくんでいます。

パリサイ派の祭儀の中で、器楽の演奏はほぼ排除されました。
これは、(バビロン捕囚後に再建された)エルサレム第二神殿の崩壊を悼むためとも、祭儀を執り行ったレビ人の消滅によるとも言われます。

いずれにせよ、初期のシナゴーグの聖歌は、男性の斉唱によってアカペラで歌われました。

その後、キリスト教会が起こり、ユダヤ教会と対立しながらも発展していく中、キリスト教会にはグレゴリオ聖歌とよばれる聖歌が発達していきました。ところが、最近の研究により、初期のグレゴリオ聖歌の成立にあたり、ユダヤ教の聖歌が数多く引用されていることが解りました。今日一般に思われている以上に、この二つの宗教の典礼は、初期には似通っていたわけです。

この当時のユダヤ系の音楽がどのような旋法、朗唱形態をとったかは今となっては解りません。今日的な意味の楽譜が残っていないのです。
スペイン・地中海系ユダヤ人(スファラディム)が今に伝える旧約聖書の朗唱では、教会旋法で言うところのフリギア旋法(ミファソラシドレミの音階)が多く用いられますが、これがユダヤ音楽の固有の特徴であるという証拠はありません。
スペインからイスラム圏にかけての広い範囲でフリギア旋法は用いられているからです。




(C) 関西シティフィルハーモニー交響楽団

(アマチュアオーケストラ,大阪市)