ラテン音楽とユダヤ音楽

〜モザイクあれこれ〜

ラテン音楽

北アメリカが民族のモザイクとなり、完全に解け合った状態でないのに対して、中南米のいわゆるラテンアメリカでは民族はその文化とともに融和し、新たな文化を形作りました。そのためラテン・アメリカでは、ネイティヴ・アメリカンやヨーロッパ系、アフリカ系の人々の音楽を起源として、さまざまなスタイルの音楽が生まれました。

これらラテン音楽はアメリカの音楽にもさまざまな影響を与えました。これらのうち、主要なものについて見ていきましょう。


キューバの音楽

キューバではアフリカ系とヨーロッパ系、そして混血のムラートと呼ばれる人たちが音楽の担い手となりました。

1940年頃にはマンボ、ルンバ、チャチャチャといった音楽が世界的に流行し、アメリカのジャズメン(デューク・エリントン、ディジー・ガレスピーら)も注目・接近しています。

ここ20年ほどはサルサが人気を集めています。

バーンスタインの「ウェスト・サイド・ストーリー」では、ダンスパーティーの場面の有名な「シンフォニック・ダンス」で、マンボが用いられています。


ブラジルの音楽

ブラジルと言えばサンバ、と言うぐらい有名なサンバがアフリカ系の音楽の流れをくむことは「ジャズとチャールストン」の項で書いたとおりです。従って、サンバとジャズは、その発生から近い位置にあったといえます。このような近い位置にあった音楽ですから、お互いに影響を与えあいました。

まず、音楽産業が盛んになり、都会的な洗練を加えていったジャズの影響を受けて、サンバからボサ・ノヴァ(そのものずばり、新しい波という意味)が生まれたのが1950年代も終わりの頃。

逆に1960年代になると、ジャズメンたちがブラジル音楽に接近しました。サクソフォーン奏者スタン・ゲッツがブラジル音楽を取り上げた1963年のアルバム、「ゲッツ=ジルベルト」は、その年のグラミー賞を受賞しています。


その他のラテン音楽

アルゼンチンのタンゴ、西インド諸島のカリプソ、そしてネイティヴ・アメリカンのフォルクローレなど、さまざまな音楽がアメリカに限らず、世界中で紹介され、また流行してきたのは周知の事実です。

ちなみに、ラヴェルで有名なボレロは、もともとはスペイン音楽ではなく、ラテン・アメリカから逆輸入されたものです。




(C) 関西シティフィルハーモニー交響楽団

(アマチュアオーケストラ,大阪市)