ジャズとチャールストン(2)

〜スウィングしなけりゃ意味無いね〜

シカゴ

ストーリーヴィルが閉鎖された3年後の1920年、天下の悪法、「禁酒法」が施行されました。そして、ご存知の通り、この法律は暗黒街の繁栄をもたらしました。禁止により酒はギャングの独占状態となり、暗黒街のビジネス・チャンスを生んだのです。アル・カポネ率いるギャングたちがシカゴの夜の街を牛耳ったこの1920年代は、ローリング・トゥエンティースと呼ばれます。

暗黒街の繁栄は、ジャズメンにもチャンスをもたらしました。ここで人気を獲得すると、ラジオに出演でき、レコードも出せるのです。ギャングの店と音楽産業。この二つの甘い蜜がジャズメンをシカゴに引き寄せました。この街でジャズは第2の隆盛を見ました。

ジャズ・シーンにソロ楽器としてサクソフォーンが登場したのはここ、シカゴでのことでした。ニューオーリンズのジャズではソロ楽器はトランペットやコルネットで、サクソフォーンは用いられませんでした。その後、ミシシッピ川をゆく豪華客船のバンドなどで伴奏楽器としてサクソフォーンが用いられることはありましたが、ソロ楽器としてのデビューはシカゴでのジャズの繁栄の中のことでした。


カンザスシティ

シカゴの顔役がアル・カポネなら、カンザスシティの顔役はトム・ペンダーガスト。やはり、ギャングスターです。金の力で政治家や役人を抱き込み、禁酒法もものともせず次々とナイトクラブを開いて夜の街に君臨しました。ここカンザスシティにもまた、ジャズの花が咲きました。1929年の世界大恐慌により繁栄に翳りを見せたシカゴにかわり、カンザスシティはジャズの中心となりました。ですが、カンザス・シティの繁栄も長くは続きませんでした。1933年に禁酒法が解除され、1938年に脱税容疑でペンダーガストが逮捕され、カンザスシティも没落の道を辿ります。

次にジャズの中心となるのはニューヨークです。このころからジャズは、ニューオーリンズ以来発展してきたデキシーランド・ジャズのスタイルから、新しいスイングのスタイルに移行していくのです。




(C) 関西シティフィルハーモニー交響楽団

(アマチュアオーケストラ,大阪市)