(C) 関西シティフィルハーモニー交響楽団
(アマチュアオーケストラ,大阪市)

ガーシュイン・オペラ「ポーギーとベス」より
It ain't necessarily so
(必ずしもそうじゃないぜ)
− オペラ「ポーギーとベス」について −

名曲"Summertime(サマータイム)"の存在で知られるオペラ「ポーギーとベス」は、1925年に発表されたデュボース・ヘイワード作の小説「ポーギー」を原作として、ガーシュインが作曲した全3幕(演奏時間:約3時間強)からなるオペラで、1935年にニューヨークのアルヴィン劇場(現:ニール・サイモン劇場)で初演されました。 

当時のポピュラー音楽の大家ガーシュインらしく、その内容は、白人の警官役以外は全て黒人のみで歌われる(台詞もほとんど黒人特有のスラングで占められる)上に、音楽全体にジャズの雰囲気が漂うという、古典的なヨーロッパ系オペラとは全く違う異色の作品です。 
作曲者ガーシュイン自身も、このオペラを黒人以外の人間が演じることは考えられず、「黒人以外で演じてはならない」とまで言ったほどです。現にこのオペラの雰囲気や歌、そして役作りは、白人系、黄色系民族では残念ながらとうてい成し得ないもので、これまで黒人以外の人種が演じたという話は(私が知る限り)一つも聞きません。

話の筋書きは、足の不自由な小柄の青年ポーギーと、腕っ節の強い乱暴な大男のクラウンの娼婦だったベスとの悲しい恋物語で、主な登場人物は前出のポーギーベスクラウン、そして(今回演奏される曲の歌い手である)プレーボーイで麻薬密売人のスポーティン・ライフです。
以下に各幕のあらすじを記載しておきます。


(演奏時間が長大なため、枝葉の部分が多く、筆者の独断でかなり省略しております。悪しからずご了承下さい。)


(第1幕)

第一次世界大戦後、戦争で疲弊したヨーロッパ諸国を尻目に、大規模な工業化が進んでいた1920年代のアメリカでの話です。
(実はこのオペラには明確な時代設定がありません。つまり、オペラの原作が書かれた当時の現代、つまり1920年代と考えて頂ければよいでしょう。)
それとはとんと無縁なアメリカ南部の海に面する黒人の居住区キャットフィッシュ・ロウ・・・ここに暮らす黒人たちは、綿花の運搬や漁で貧しいながらも生計を立てています。(当時の南部アメリカでは、まだ黒人のホワイトカラー層への社会進出も十分ではなく、奴隷時代からの「伝統」であった、南部の主要産業、綿花栽培や漁業など肉体労働者に携わるものが多くおりました。)
男たちが労働から帰り、女たちが家事が一段落したところから物語が始まります。
(その時、漁師ジェイクの妻クララが歌っている子守歌こそ名曲「サマータイム」です。)
男たちは「クラップ」と言われるサイコロ賭博に夢中となってました。
そこにいたのは、綿花運びで腕っ節が強い大男のクラウンとその情婦ベス、足は不自由だがサイコロ投げの名人であった青年ポーギー、プレイボーイでクラウンやベスらに麻薬を売っていた麻薬密売人のスポーティン・ライフ、漁師のジェイク、ロビンズらでした。
そのサイコロ賭博で起こった些細なトラブルから、麻薬に酔っていたクラウンはロビンズを怒り狂った勢いで殺してしまいます。
「殺しだ!」「警察が来る!」「トラブルはごめんだ!」ということで、住人たちはさっさと逃げて家に引きこもってしまいます。そして、殺しの張本人クラウン自身もベスをおいてさっさと逃げてしまいます。
行くところもなく途方に暮れていたベスを窮地から救い、自分の家に匿ったのは、前からベスに想いを寄せていたポーギーでした。
その事件をきっかけに、ポーギーとベスはクラウンが雲隠れしている間に恋仲となります。
しかし、性分からベスをモノにしたいと思っていたスポーティン・ライフは、「二人の男が一人の女を巡って争えば、一人は殺され、一人は殺しの罪で捕まる・・・そして男は二人とも居なくなるのさ!」と(このあと現実となる)不気味な予言を残します。


(第2幕)

殺しの件のほとぼりが冷めた頃、キャットフィッシュ・ロウの住人たちが、地元の教会主催の離島ピクニックへ行くこととなり、足が不自由なため行くことができないポーギーは、一人はイヤと渋るベスに行くことを勧めます。(このとき歌われる歌が愛の二重唱「ベス、お前は俺のもの」です。)
結局ベスはピクニックへ行くこととなりますが、行った先でも住人たちの一部は、サイコロ賭博のときのノリそのままに酒宴に興じる者もいて、異様な活気を呈してました。
(その酒宴の席でスポーティン・ライフが歌うのが"
It ain't necessarily so(必ずしもそうじゃないぜ)"です。)
そうした雰囲気を残しつつピクニックが終わろうとしたその時、ベスの前にあのクラウンが現れたのです。
そういったことから、ベスはみんなが離島から出る船に乗り遅れてしまいますが、ポーギーは帰宅が遅れたベスを責めようとせず、優しく迎えるのでした。

ある日、キャットフィッシュ・ロウ近辺で嵐が起こり、漁に出たまま帰らないジェイクを集会場の中でみんな案じています(そこでもう一度「サマータイム」が歌われますが、その内容は悲壮さを帯びた歌詞に一部が置き換わっています)が、そこへクラウンが無理矢理割り込んで帰ってきて、ベスを巡ってついにポーギーとの対決か!・・・と思われましたが、そこに飛び込んできたのは、半壊状態で桟橋に漂着したジェイクの漁船・・・しかも主のジェイクがいない!
見たとたんに半狂乱となってベスに子供を預けたまま外に飛び出し、嵐で荒れて危険な桟橋へ行く妻のクララ、それを見たクラウンは「助けに行かないとは情けない奴らだぜ!」と言いながら、自分も嵐の中へ飛び出します。
で、結局クララは荒波にさらわれ水死、クラウンも行方不明(実は助けるのに失敗して帰るに帰れなくなっただけ)となって、皆が悲嘆にくれます。


(第3幕)

ベスがジェイクとクララの子を抱いて「サマータイム」を寂しく歌っています。
(この歌は3度出てきますが、回を重ねるごとに周囲の状況と歌詞に悲壮さが増すという、有名でありながら何ともやりきれない歌です。)
ジェイク、クララ、クラウンの葬儀が行われ、皆が悲嘆にくれているところにクラウンがこっそり帰ってきますが、この事実を知っていたのはポーギーとスポーティン・ライフだけでした。
クラウンは今度こそベスを取り戻そうと、闇夜のうちに忍び込もうとしますが、逆にそれに感ずいたポーギーによって逆襲に遭い、殺されてしまいます。
ポーギーが「ついにベスは俺のものだ!」と喜んだのもつかの間、警察の捜査の手がポーギーにも及び、ポーギーは参考人として警察に連行されます。
クラウンが殺され、ポーギーも連行されて途方に暮れるベス・・・そこへ蛇のように忍び寄ってきたのはスポーティン・ライフ、彼はベスにポーギーはもう戻ってこないとうそぶいてベスを麻薬でたぶらかし、一緒にニューヨーク行きの船に乗るように説得してしまいます。そして、麻薬に酔ったベスはスポーティン・ライフと一緒に出て行ってしまいました。
そこへ帰ってきたのは、証拠不十分として釈放されてきたポーギー、収容所でやったサイコロ賭博で儲けた金でお土産をいっぱい買ってきての凱旋帰郷・・・のはずだったのですが、ベスがスポーティン・ライフと一緒にニューヨークへ行ってしまったことを聞いて悲嘆にくれます。
・・・が、彼はそこで諦めず、ベスを捜しにニューヨークへ行くことを決意するのです。
南部の海岸沿いからから北部のニューヨークまで、数千キロも離れた地へ行く金もなく、行く宛も分からないという、絶望的な状態であるにも関わらず・・・
(このポーギーが旅立っていくシーンでオペラは終わります。)


このオペラは白人
(ロシア系アメリカ移民の2世)であるガーシュインが 、黒人の音楽と精神に真っ向からぶつかっていった傑作ですが、初演当初の評判は二分され、黒人の間からも「所詮白人が真似事で作った音楽」と皮肉がられることもありました。
また、ガーシュインの死(1937年)の直後に算定された作品の資産価値についても、最有名曲「ラプソディー・イン・ブルー」が2万125ドル、初の純管弦楽曲「パリのアメリカ人」が5千ドルだったのに対し、 作曲に前記の2作以上の労力と時間を割き、なおかつ総演奏時間が10倍以上の「ポーギーとベス」がたったの250ドルでしかなかったことから、この作品がどんなにアメリカで軽視されていたかを窺い知ることが出来ます。
(この不当とも言える評価には、彼のミュージカルやピアノ曲を重視していた当時の作品に対する評判と、根強く残っていた黒人差別も関わっていたかもしれません。)

ところで、初演当時のアメリカではあまり評判のよろしくなかったこのオペラは、ガーシュインの死後間もなく起きた第二次大戦の最中、ユダヤ系作曲家の作品の弾圧が厳しいドイツその占領地域において
(このときマーラー、マイアベーア、メンデルスゾーンの"3M"作品は特に厳しく制限を受けた)ガーシュインはユダヤ系でもあったにも関わらず、「黒人差別に対する告発」を扱った「反アメリカ的な作品」と解釈されていたらしく、オペラハウスでの上演が許可されていたと のことです。
(このことが、次のデンマークで起こった"It ain't necessarily so"のウラ話に繋がっていきます。)

もし、このオペラの内容をじかに知りたいという方がおられましたら、このページにDVDの紹介がありますので、ぜひご覧下さい。

文: 岩田倫和 (チェロ)      

参考文献:
ジャズ詩大全14         
(中央アート出版社 刊)
もうひとつのラプソディ  
(青土社 刊)
新共同訳 聖書           
(日本聖書協会 刊)
早わかり 聖書            
(日本実業出版社 刊)