(C) 関西シティフィルハーモニー交響楽団
(アマチュアオーケストラ,大阪市)


関西シティフィル・ギャラリー
−第37回定期演奏会の映像−


<ブルックナー交響曲第9番第3楽章−終結部>
Windows Media形式:約3.5MB (演奏時間:1分47秒)


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この映像はブルックナー交響曲第9番最後の部分で あり、そしてブルックナーの全交響曲作品の最後でもあります。

弦楽器によって演奏される断片のような旋律にのってフルート独奏の優しく癒すような旋律が奏でられます。それが 優しい雰囲気を残しつつ空の彼方へ消えるかのように終わると、最後にホルンヴァーグナー・チューバこの楽章の最初にトランペットが吹いたあの輝かしい旋律をまるで思い出すかのように優しく厳かに吹きます
その旋律の終わりが最後の長い和音となって、静かにこの楽章を終結に導きます。

第1楽章の解説でも申しましたが、本来この第3楽章の続きには、「愛する神に捧げる」ためのかつてない壮大な第4楽章
(終楽章)が作られる予定でした
しかし、1894年にいったんこの第3楽章を完成させた後は、既存の交響曲の相次ぐ改訂作業などでなかなか終楽章の作曲に取りかかる事が出来ず、そのまま2年が過ぎ去りました。
そして1896年10月11日心疾患や老衰で衰えきった彼の体は、もはやその最終章を作曲するだけの体力を維持できず、最高傑作となるはずだった壮大な第4楽章の総譜を頭の中のカバンにしまい込んだまま永遠の眠りにつきました
その後、ブルックナー自身聴く事が叶わなかったこの交響曲第9番は、未完成だったためかすぐに演奏されることはなく、実際に初演されたのは、彼の死から7年経った1903年2月11日の事でした。

しかし、この楽章の終結部は不思議な事にこれから先に曲が続かず、ここで終わっても良いような印象を強く受けます
まあ、本当にこれより先が作曲されてない
(ただし部分的なスケッチは残っている)ので、これで終わらざるを得ない事もあるのでしょうが、その終わり方はまるで静かにこの世を去っていったブルックナー自身の姿と重なっているのではないでしょうか?

この終結部の直前には、全管弦楽が吠え猛るように威嚇的なファンファーレを鳴らすのですが、これはまるでブルックナー自身が自らに迫る死の運命と闘おうとしているかのようですし、その後に続くこの終結部は、死の運命と闘わず、自然な事として受けとめようとしているようにも見えます。

最期に彼が厳かな場面で好んで用いていたホルンとヴァーグナー・チューバで吹かれる、あの交響曲第7番の印象的な冒頭部
(Windows Media形式:約4.6MB)にも似た旋律は何を物語っているのでしょうか?
後期の最初の傑作と言われる交響曲第7番の冒頭を神懸かり的な霊感を持って作曲した、あの輝かしい当時を思い出していたのでしょうか?それとも、あの旋律に何かほかの思いがあったのでしょうか?それとも、単なる偶然だったのでしょうか?

 

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<文> 岩田 倫和 (チェロ)